09. 仲直りのきっかけ (シリウス)
「あー、イライラする」
「イライラってそんな言い方…。そもそもそっちから喧嘩吹っ掛けてきたんじゃないか」
「あーはいはい、すんませんね、もう時間だからさっさと仕事行って来たらどうですか」
そう言うとブラックはバンと強く自室の扉を閉めた。
ああムカつく、腹立つ。何であんな腹の立つ喋り方するんだ。
ブラックとこんな言い争いをしたのは学生時代以来だ。
あれ以来は割と良好な友情関係を築いてきたのに。
機嫌が最悪なまま私は仕事に出かけた。
今日はアイツの昼食を作ってやらなかった。
ざまあみろ。
私のありがたみを知れば良いんだ。
無言で家のドアを開く。
静かな部屋。
いつもは玄関まで顔を見せにやって来る男が、今日は来ない。
靴はあるから、自分の部屋にいるんだろう。
スーパーの袋を持って台所へ向かう。そこで私は唖然とする。
散らかった流し台。何か零したような痕跡があるコンロ。
きっと彼は何とか自分で昼食を作ろうとしたんだろう。それは良い。
しかし後片付けはちゃんとしろっ。
乱暴に、買ってきた食材を冷蔵庫に片付ける。
それから流し台の惨状はそのままに、私はソファに腰かけた。
疲れた。
精神的に疲れた。
ピリピリした雰囲気が私の心を容赦なく突き刺す。
そろそろ夕食の時間だけれど、何も作る気が起きないし、何も食べたくない。
ふと目の前のテーブルに目をやる。
昨日の夜、リリーとジェームズから来た手紙だ。
子供を産むために、リリーが今日の朝から入院することになったということを知らせる手紙だった。
最後に会った彼女を思い出す。
大きなお腹を愛おしそうに優しく撫でる姿はもうすでに母親であった。
夕飯、作らなきゃ。しかしそのためにはまずあの流し台を片付けなければならないが、…仕方ない。
ようやく重い腰を上げて行動を起こそうとしたとき、窓ガラスをコンコンと叩く音がした。
音のほうを見ると、フクロウが嘴でその存在を知らせているところだった。
誰からだろうか。
窓を開けるとフクロウはずいとその足を突き出した。
何枚も手紙がくくり付けられている。いや、手紙というにはあまりに粗末な紙切れであったが。
このうちの一つを取れということだろうと考えそのうちの一枚を足から取り外すと、
フクロウは音もなく窓から外へ出て飛び立っていった。
そして手元の紙切れを見る。二つに折り曲げられたそれには差出人の名前もない。
不思議に思いながら私は二つに折られたそれを開く。
そして、目を見開く。
思わず手を口に当てる。
ああ、知らせなければ。
私は無我夢中でブラックの部屋の扉を叩く。
「ブラック!ここを開けて!」
扉が開き出てきた彼はいまだに機嫌が悪そうな顔をしていたがそんなこと、構うものか。
「子供が」
「子供?」
「リリー、無事に子供が産まれたって…」
それを言い終わるや否や、彼はさっきまでの不機嫌そうな顔を一変させて、笑顔を浮かべた。
「ほんとかっ!?」
「今ジェームズから手紙が来て、母子共に健康だって…」
そう言ってから、目に溢れる涙に気づく。
リリーがつわりに苦しむ姿も見てきた。
切迫流産で絶対安静を余儀なくされた姿も見てきた。
安静の甲斐あって赤ちゃんが流れずに持ちこたえてくれたことを知った彼女が泣いて喜ぶ姿も、見てきた。
だから、二人の子供が無事に生まれてきてくれたことがまるで自分のことのように嬉しくて、涙をこらえられない。
涙が床にポタポタと落ちた。
そんな私に気づいたブラックは、杖を振って遠くからタオルを呼び寄せて私の顔に押し付け、まるで子供をあやすように背中を軽く叩いた。
「良かったなあ」
タオルを顔に押し付け嗚咽を漏らしながらも、私は首を縦に振って返事した。
涙も止まり、落ち着いた私はふと思い出したように呟いた。
「そういえば、喧嘩してたんだっけ…」
あの手紙が来るまでは、確かに険悪な空気が漂っていたけれど、今は違う。
ブラックが隣にいることが非常に穏やかで心地よい。
彼を見ると少し気まずそうに目を泳がせた。
「そんなのもう、どうでも良いだろ」
「うん、どうでも良い。何で喧嘩してたのかも忘れてしまったし」
同時に空腹感が襲う。
リリーの子供が産まれたという知らせのあと結構長い間泣いていたため空腹感を忘れていたが、
今ようやく脳が思い出したようだ。
「ごはん、作らないと」
私は立ち上がり、あのとんでもない状況の流し台を思って溜め息を吐いた。
「あ、俺も手伝う…」
「君は、」
腰を上げたブラックの呑気な声に私は割り込み、振り向く。
「君は、流し台を元通りに綺麗にすること」
「…はい」
小さな声だったが彼の返事に満足した私は、笑みを浮かべて冷蔵庫の野菜を取り出した。
新たな命の誕生の前には、私たちの些細な喧嘩など霞んでしまった。
小さなことで争っていた自分たちを、なんて馬鹿なんだろうと鼻で笑った。
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一番書くのに苦しんだお題でした。名前変換がない…。
どうして喧嘩していたのかは想像にお任せします。
20070325