08. 書き置き (セブルス)

夏休みに入るため仕事がしばらく休みなので、久し振りに自宅に戻った。
ドアを開けてリビングへ入ると、何か薬を飲んでいると目が合った。
何の薬なのか聞くと頭痛薬と返ってきた。
それにしては、量が多い。
そう指摘すると、マグル界ではこのぐらい普通だと返ってきた。
そんな見え透いた嘘に騙されるほど私は馬鹿ではない。

私のいない一年の間、彼女に何があったのだろうか。
いつも通りに笑うの体は、一年前に比べると目に見えて痩せてしまっていた。
異常を感じた私は何度も病状を尋ねるが、彼女は何でもないと話をはぐらかす。
何でもないはずがない。
素人目に見ても明らかだ。
けれど彼女は何が起こっているのかを隠そうとする。
何も言おうとしないに腹が立ってきて、つい声を荒げるが、彼女は眉一つ動かさない。

「今は、言いたくない」

悲しげに目を伏せて呟く彼女に、これ以上聞く術など、私にはない。



は最近楽しそうに何かを書いている。
体調が優れず疲れた顔をしている彼女が楽しそうにしているだけで、安堵する。
何を書いているのかと彼女の手元を覗き込みながら問うと、彼女は慌ててその何かを隠して「内緒」と答えた。
チラリと見えたクリーム色の紙はどうやら便箋であること以外は何も判らなかった。
彼女は何も教えてくれない。





ある日は倒れた。
意識はあるが、青白い顔をしている。
抱き上げたその体は驚く程軽く、冷たかった。
この番号に電話をしろと言う声は酷くか細い。
いつものお前の、うるさいぐらい元気な声はどこに行ったのだ。
彼女の口から発せられる番号を覚えると、をベッドに寝かせ、の部屋の子機を手に取る。
使い慣れない電話のダイヤルを押すが、焦りのためか正しい番号が押せずに何度も失敗した。
一度深呼吸して再び押すと、今度はちゃんと繋がった。



病院に運ばれて病院の白いベッドに横たわったは、点滴を受けていた。
医者はもう病室から出て行ってしまったため、この部屋には私とのみ。

何で倒れるまで私に何も言わなかったのか。
どうしてお前の口から説明してくれなかったのか。

彼女は小さな声でごめん、と呟いた。
私が怒っているのを察したらしい、バツの悪そうな表情を浮かべた。

「ごめん」




医者は私に、に何が起きているのかを丁寧に説明し始めた。
頭が真っ白になる感覚。
冷水を上から浴びせられたような。
こんな感情は初めてだ。




数十分前の出来事を反芻する。
医者から告げられる、彼女の病状、そして余命。

様々な思いが心の中で渦巻いている。
何故彼女は私にそれを話してくれなかったのか。
何故私は彼女の口からではなく、医者の口からそれを聞かなければならないのか。

「何故、何も言わなかった」
「言うのが怖かった」

静かにそう言うと、は眉間に皺を寄せた。

「言えるわけない、もうすぐ私が死んでしまうなんて・・・」

最後のほうは、声が消え入るように小さくなったためよく聞こえなかった。
泣いているのかと思ったが、の目に涙はなかった。
泣きそうな目をしているのに、涙は流れなかった。

「そんな病気、私が治してやる」
「無理だよ」

諦めたように、しかしきっぱりと私の中の最後の希望を否定した。

「病気を治す手立てはもう尽くした。この病気を治してくれるような薬も探してみたけど、魔法界にもなかった。無理だよ」

そう説明して、はじっと天井を見つめた。

「ごめんね、言えなくて」

薬品臭い病室には静かな時間が流れた。
適当な言葉を見つけることができなくて、どうしようもなくて、私はの冷たく白い手を温めるように握り締めた。





死に顔は穏やかだった。
彼女は延命治療を拒み、穏やかに死を迎えることを望んだ。
のいない我が家はひっそりと静まり返っていた。
まるで喪に服しているかのようだ。

自室に戻ると、机の上に見慣れぬ手紙が置いてあるのに気付いた。
その傍でフクロウが部屋へ入ってきた私をじっと見つめた。
封筒を開き、中を見る。

それはクリーム色の便箋に書かれた、今は亡き友人からの手紙だった。


「セブルスへ。
君がこれを見ている頃には、私はもうこの世にはいないだろう。
君に言いたいことはたくさんあるけど、それを全て書くのは大変だから、一つだけ言いたいことを書く。

今までありがとう。
いきなり転がり込んできた私を追い出すこともなく受け入れてくれてありがとう。
私が作る手抜きの料理をいつも文句も言わずに残さず食べてくれてありがとう。
私はいなくなるけれど、君はうんと長生きしてくれ。
そしてあの世で君の老けた姿を思い切り笑い飛ばしてやるよ。

さようなら。
お元気で。」

楽しそうに書いていた何かとは、これだったのか。
全く、こういうことは手紙でなくて直接面と向かって言えこの馬鹿。

そんな薄情なお前のために、泣いてなどやるものか。
泣いてなど、やるものか。


私はその書置きを引き出しに大事にしまった。






書置き:(2)死を予期して書き残しておく手紙。遺書。(goo辞書より引用)


20070310