彼 の 者 の 血 を 受 け 継 ぐ 少 女
異国の地に舞い降りた一人の魔女の物語
32.5 I'm home!
ポートキーの気持ち悪い感覚は相変わらずだった。
車酔いにも、目が回ったときのあの気持ち悪さにも似ている。
思わず足元がふらついた。
ここは侑子さんの店の中。
ロンドン行きのポートキーは侑子さんの店の中に置かれている。
ポートキーの置いてあるこの部屋はあまりに狭い。
ふらついて周りのものを壊してしまわないように注意しながら、その薄暗くて埃っぽい部屋から出ると、ここを出たときと変わらぬ侑子さんが笑みを浮かべて立っていた。
「おかえりなさい、」
「た、ただいま、侑子さん。今こっちは何時ぐらいですか」
「五時ぐらいかしらね、朝の」
「朝・・・」
日本ロンドン間の時差はかなり大きい。
ダンブルドア先生と一緒にポートキーでロンドンに行ったときも、日本は夕方の五時頃だったのに、ロンドンはまだ朝の八時だったのには驚いた。時差の影響で日本での私の就寝時間がロンドンではまだ昼の一時ごろだったため、私は真昼間からあくびを連発していて周りの人間に不審な者でも見るかのような視線を向けられたのも、今では懐かしい思い出だ。
まだ一年前だけど。
「ふふ、疲れた顔してるわね」
「ずーっと列車に揺られてたら、こんな顔したくもなりますよ」
居心地が悪い訳じゃなかった。
魔法のお陰で揺れは最小限に抑えられ、室内温度も適温で、快適な列車の旅ができた。
しかし、ずっと座りっ放しというのはずっと立ちっ放しなのと同じぐらい疲れるのだと思い知った。
行きの列車では殆ど寝ていたし、初めて見ることばかりで疲れなど感じる暇がなかったが、帰りはそうもいかない。
ずっと本を読んでいたのもあって目にも疲れがきていて、正直早く眠りたい。
しかし、まだ朝の五時。
また時差ボケを治さなければならないと思うと気分が沈む。
「何か変わったこととかありました?」
店の中は特に変わったところはない。
強いて言うならば、前よりも少々埃が目立つぐらいか。
私がホグワーツへ行ってから、侑子さんは掃除を殆どしていないようだ。
いや、「殆ど」というのも私の希望的観測でしかない。
もしかしたら、「全く」していないのかもしれない。
「特にないわ。いつも通り、たまにお客様がやって来るだけよ」
「そうですか。・・・何だか部屋の隅に埃が目立ってますけど」
「・・・さあさ、アナタのお布団ずっと仕舞ってたままだったから、干さないと」
していなかったんだな、掃除。
言葉には出さないが心の中で私は断言した。
侑子さんも魔法みたいなものが使えるんだから、それを使って掃除ぐらいできるだろうに。
私も魔法を使いたいが、残念なことに未成年は学校外で魔法が使えないということになっている。
もしかしたら、私の強い魔力を封じていたらしい侑子さんなら、魔法を使っても魔法省にバレない何かを作ってくれるかもしれない。
しかしそれにもいちいち対価が必要なので侑子さんには頼まないことにしよう。
他の生徒も私と同じく魔法が使えないのだから、私だけ抜け駆けするのも悪い気がするし。
「とりあえず掃除します。ちょっとうるさくなりますけど、良いですよね」
「あら、本当?気が利く子ねぇ、丁度掃除してほしいと思っていたところなのよ。うるさいのなんて全然気にしないから、掃除してね、全部」
かくして私は帰宅後すぐに店の掃除をすることになった。
長旅から帰って来て疲れてる人に掃除やらせるなんてどんだけ鬼なんだこの人はっ・・・。
断らない私も私だけれど。
まずは侑子さんの部屋を掃除して、侑子さんにはそこにいてもらって、それからさっさと他の全部の部屋を掃除してしまおう。
さあどれだけ時間がかかるだろうか。
私は袖を捲り上げ、バケツと雑巾を取りに洗面所へと駆けて行った。
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キングズクロス駅に着くのが七月一日の夜八時ちょっと前ぐらいと勝手に定義。サマータイム考慮せず。
侑子さんが情けの欠片もない鬼になってしまった。
20070226