彼 の 者 の 血 を 受 け 継 ぐ 少 女
異国の地に舞い降りた一人の魔女の物語





3 契約

無事新入生の寮決め・歓迎会が終了した次の日は、歓迎ムードもそこそこに早速授業が始まる。一時間目を終えた私とセブルスは三年生用の変身術の教科書を持って移動していた。

前の時間が魔法薬学だったこともあり、私たちはいつもよりも多く会話、というか議論をしていると、前方にオロオロと不安そうな表情を浮かべて互いに見合っている女子生徒がいるのが目に入った。
ネクタイはグリフィンドールカラー。
あの小柄な体、そして彼女らが着ている真新しい制服から判断すると、きっと一年生だろう。

「どうしたの?」

私はなるべく優しく見えるように微笑みながら尋ねると、二人は青い顔で私のほうを振り向いた。私のスリザリンカラーのネクタイを見て、少し躊躇ったようだが、口を開いた。

「あ、あの・・・、次、魔法薬学なんです・・・」
「だけど、どこに行けば良いのか判らなくて・・・」

まあ、初日の授業というものは大体の新入生にとっては不安でいっぱいのものだ。しかも移動教室ばかりなので、教室の位置すらあまり把握していないだろうし、動く階段も厄介なこと限りないだろう。
私も最初はあの階段に翻弄されっぱなしで、爆発の魔法を覚えたらまず始めにあの階段をぶっ壊してやろう、などと不穏な企みを抱いたことも少なくない。それぐらい無駄と思えるような仕掛けが満載で、新入生にとっては迷宮のように思えるだろうことは容易く想像がついた。

「そう、うーん、あと五分ぐらいか・・・」

壁にかかっている時計をチラと見遣り呟く。それを聞いた二人の一年生は失望を露にした。きっと私が、残り時間を理由に彼女らを助けないのだろう、と思ったのだろう。
さっきからセブルスがまだかまだかというような視線で私を急かす。しかし、声を掛けた以上この子達を放って置くわけにはいかない。

二年生になった年、私は後輩というものが出来たことがとても嬉しかったため、困っている様子の一年生には見境なく声を掛けて回った。その度に私の隣にいるセブルスはまたか、という表情で私を睨むのだ。

「・・・先に行くぞ」
「うん、行ってて。私はこの子達を案内するから」

本気か、という顔で私を振り返る。
私が小さく頷くと、セブルスはもう振り返らずに変身術の教室へと向かった。

「じゃ、案内するね」
「大丈夫なんですか?その、時間とか・・・」
「平気平気。ちょっと走るけど、大丈夫?」
「大丈夫です!」
「よし、じゃあ行こう」

小走りで私が走り出すと、二人もついて来る。
いつ階段が動くか、そして停止するかを頭の中で素早く考え、階段を踏み外すなどして落ちないように気をつけながら階段を降りて行く。

「ちょっとだけ、近道ね」

私は横道に逸れた。
直線の先の小さな扉を開けると、そこは丁度魔法薬学の授業の教室だった。

「はい、到着。ちなみに今通った道は時間によって着く場所が変わるから、あんまり使わないほうが良いよ」
「ありがとうございますっ・・・」

一人が息を切らして礼を言った。

「時間、大丈夫ですか・・・?」

もう一人が心配そうに私に尋ねる。

「大丈夫、問題ないよ。それじゃ、もう迷わないようにね」

私はもと来た道を戻り始めた。

全力疾走。
ちょっとしんどくなってきたけれど、これも運動だと言い聞かせて足を動かす。階段が、走りっ放しの私の足には堪える。もう少し。



息を切らして扉を開ける。
肩で息をして部屋を見回すと、一人ぽつんと座っているセブルスの背中を見つけた。

「セブルスっ」
「間に合ったのか、残念だ」
「酷い」

労わりの言葉とか褒め言葉とかを期待している訳ではなかったけど、その言葉はないだろう。私は少し眼光鋭く彼を睨んだ。セブルスはそんな私の視線に気付いているのかいないのか、教科書に目を通したまま私のほうをチラとも見ない。

私は半ば強引にセブルスに奥に詰めてもらうと、私は机の端に座った。と同時にマクゴナガル先生が背筋をピンと伸ばして教室にやって来た。




「あんなに息を切らすほど急ぐのならば、誰彼構わず親切にしなければ良いだろう」

変身術の授業が終わると、教科書を閉じながらセブルスが呆れたように私に言った。二年生の頃から私の言わば「親切病」を見てきた彼の言葉からは、重みが感じられた。今日のように少し余裕がある場合もあるし、殆ど授業が始まると同時に教室に着くこともある。そんな綱渡りのような状況に自分を追い込むくらいならば、八方美人なんて止めてしまえ、ということか。

「誰彼構ってないわけじゃないよ」
「構っているのか」
「私は困っている後輩にしか声を掛けない」

えへんと胸を張って答えると、セブルスは無言で私に視線を向けた。無言だが何を言わんとするのか理解できた私は少し眉間に皺を寄せる。

「そんな目しないでよ。やっぱり困ってる子はほっとけないし」
「フン、偽善者め」

小馬鹿にしたように鼻で笑われた。そんな言い方はないだろうと文句を言おうとすると、一足先に教科書や羊皮紙などを片付け終わったセブルスは、まだ片付けを終えていない私を置いてさっさと歩き出した。私は慌てて片付けると、小走りでセブルスを追いかけた。

「待っててくれても良いじゃないかっ」
「口しか動かさないからだ」

私の息を切らしながらの抗議も彼は全く気にかけた様子はない。ここでまた私が何か言っても、また同じ調子で短く言葉が返って来るだけなのは目に見えていたため、私はこれ以上の抗議を避けた。

並んで歩いていて、ふと思い出す。
初めて彼と会ったときのこと。
今も昔もセブルスの態度は変わらないけれど、彼は私をちゃんと友人だと思ってくれているのだろうか。

「覚えているかな、君は」
「何を」

強引な話題転換をする私に、彼は怪訝そうな表情を浮かべた。

「一年生の時、初めて会話したとき」
「ああ、覚えている」

セブルスは遠くに目を凝らすように目を細めた。きっと、あの頃の私達を思い出しているんだろう。
契約。
それは、一年生の私達の頭に自然と思い浮かんだ、非常にスリザリンらしい言葉だった。
私とセブルスの関係は、契約だった。
酷く冷たい響きだ。

「今でも、私と君とは"契約"された関係でしかないのかな」

彼と共にいるのはこれでもう三年目だが、彼は今でも私とこうして一緒にいることを、打算的に見ているのだろうか。それを思うと悲しくなる。
ずっと聞きたくて聞けなかった言葉。
あの頃の私は、こんなにセブルスを大切に思う気持ちが芽生えるとは思っていなかった。契約という関係を他人と結んだ点を見れば、ある意味あの頃の私のほうがスリザリンらしかった。今の私にももちろん損得を考える狡猾さはあるのだけれど、セブルスに関してはそのような思考は停止してしまっている。

「私は君と一緒にいるのが、損だとか、得だとか、思わないんだけど、君はどう思っているのかな」

私は、セブルスは、私に関してだけは、スリザリンらしい狡猾さを胸の内に隠してくれていると信じていた。この学校で彼と一番一緒にいたのは自分だと思っているし、実際その通りなのだ。

私は期待していた。
次の言葉が、打算的思考を否定するものであると。

「・・・次の授業に遅れる」
「そう、だね。急がないとね」

私の表情が凍る。

彼は肯定も否定も避けた。


きっと彼はあの契約という言葉を否定してくれると思っていた。そう信じていたのに。



 


20070404