彼 の 者 の 血 を 受 け 継 ぐ 少 女
異国の地に舞い降りた一人の魔女の物語
2 ブラック家
必要なものはもう買ってしまい、九月一日まですることがなくなったので、新しい教科書に目を通したりセブルスをからかったりして残りの時間を過ごした。
そしてとうとう九月一日。私とセブルスは今年最後の漏れ鍋での朝食を終えると、荷物をまとめて漏れ鍋を後にし、キングズクロス駅へ向かった。十一時に発車するホグワーツ特急に乗るため、私たちは十時半には駅に到着していた。
初めて来たときは9と3/4番線の位置が判らず戸惑ったが、三回目となるともう慣れてしまった。初めて体験したときはこれが魔法かと感動した壁抜けを無感動に済ませると、真っ赤な機関車が目に飛び込んで来た。その車内に入り、空いているコンパートメントを探すが、どこも人がいる。
「なかなか空いてないね」
「だからあと三十分は早く出るべきだと言ったのに」
「…向こうのほうはまだ空いてるかも」
セブルスの小言を無視して、私はどんどん奥へと歩いて行った。
彼ははあと盛大な溜息を吐くと、無言で私について来た。
「セブルス?セブルスなの?」
私の後ろにいる友人の名が呼ばれるのを聞いて、私は振り向いた。
私は少し後ろのコンパートメントの扉が開いて、中から綺麗なブロンドの髪の女子生徒が出てきた。
「ミス・ブラック」
そう言うとセブルスは恭しくお辞儀をした。
何だかデジャビュ。
こんな珍しい光景を、私は前にも目撃したことがある。三日ぐらい前のダイアゴン横丁で。
ブラックという名が引っ掛かる。まさかシリウス・ブラックの姉なのだろうか。と考えたが、あまりに外見が似ていないので、きっとブラックという苗字は日本で言う鈴木さんぐらい有り触れた名前なのだろうと勝手に結論付けた。
「席を探しているのなら、ここにいらっしゃい。二人しかいなくて広すぎると感じていたところだったの」
貴方も、と美人に笑顔を向けられて、私は素直にじゃあお願いしますと頭を下げて遠慮なくそのコンパートメントにお邪魔させてもらった。どうしようかと迷っていたセブルスも、私が入っていくのを見て彼女の言葉に従うことにしたらしく、私同様頭を下げてコンパートメントに入った。
中にはもう一人男の子が座っていた。気が早いのか、彼は既に制服を着用している。そのネクタイの色が無地であることから、彼はどうやら新入生らしい。
黒髪に灰色の瞳。
彼と会ったことなどないはずなのに、私は既視感を覚えた。
「初めましてミス・」
自己紹介もまだなのに、彼女は私の名を口にした。
「私のこと、ご存じでしたか」
「ええ、有名ですもの」
彼女の言葉で彼を連想する。
同じブロンドのスリザリン生。
もっとも、彼は既に卒業してしまったが。
「失礼ですが、貴方のお名前は…」
「ああ、自己紹介がまだだったものね。私はナルシッサ・ブラック。今年七年生のスリザリン生よ。よろしく」
「よろしくお願いします」
「ところでミス・ブラック、そちらの少年は…?」
ずっと無言だったセブルスが、私が今一番気になっていた彼のことを尋ねた。自分のことが話題にのぼったことに気づいた彼は、顔を上げた。
「僕はレギュラス・ブラック。貴方たちは?」
「セブルス・スネイプ」
「・です」
「スネイプ先輩、先輩、僕のことはレギュラスと呼んでください。これからよろしくお願いします」
随分躾の行き届いている子だと感心する。周りは年上ばかりだというのに全く物怖じしていないし、一つ一つの動作が非常に上品に見える。
「この子は貴方の弟さんですか?」
それにしては似ていないと思いつつもとりあえず尋ねると、案の定彼女は首を横に振った。
「いいえ、私達は従姉弟なの」
「従姉弟ですか…。じゃあ、グリフィンドールのシリウス・ブラックとは何か関係が?」
私が何気なしに尋ねると、このコンパートメント内の温度が数度下がった気がした。何か地雷を踏んでしまったのだろうか。
戸惑いを胸の内に隠しつつ隣のセブルスを見ると、彼は呆れた顔で私を見ていた。
「すみません、何かあまり良くないことを言ってしまったみたいですね」
「いいえ、気にしないでください」
言葉を発したのはレギュラスだった。
とても可愛らしい笑顔を顔に浮かべているが、この気まずい状況では不釣りあいだと感じた。
「シリウス・ブラックは僕の兄です。ブラック家の者はみんなスリザリンに組み分けされるのですが、兄だけはグリフィンドールになってしまって」
それが地雷だったのか?
思ったより大したことではなかったために私は一瞬目を丸くしたが、また余計なことを言って室内の温度を下げる結果になってはいけないと思い、さも納得したかのように「そうなんだ…」と相槌を打った。
「ほらレギュラス、車内販売が来たわ。何か食べたいものはある?」
気まずい空気を断ち切るようにミス・ブラックは明るくレギュラスに尋ねた。コンパートメントの扉の向こうではお菓子がたくさん載ったカートを押したお婆さんがガラス越しにこちらを覗き込んでいた。
「僕、蛙チョコレートを食べてみたい!」
それからは終始和やかな雰囲気だったので、あまり緊張することなく時間を過ごすことができた。しかし私が踏んでしまったらしい地雷の内容については、依然として疑問を抱いたままだった。
「シリウス・ブラックはブラック家では一族の恥だと思われている。だからブラック姓の人間の前ではアイツの名前は出さないほうが良い」
ホグズミート駅に到着し、汽車から降りて駅を出ようと人ごみに呑まれているとき、セブルスが小さく教えてくれた。
「どういうこと?」
「ブラック家はかなりの純血主義で、スリザリンに入ることが当たり前であり、グリフィンドールなど愚か極まりないと考えている一族だ。そんな家の者がグリフィンドールになど入れられたらどうなるか、容易に予想がつくだろう」
「なるほど、じゃああの気まずさはそのせい…」
ずっと気にかかっていた疑問が解決して納得すると、隣から溜息が聞こえてきた。
「全く、あの時は君がいきなりあんなことを聞くものだから、どうなることか冷や冷やした」
「ごめん、…うわっ、セブルス!」
ぴったりくっついているつもりだったのに、セブルスと私はあまりの人の波に引き離されそうになる。
必死になって短い腕を伸ばすが、彼のところまでは届かない。
「っ」
私の手をセブルスはしっかり握った。私もまた、彼の手を離すまいと強く握り締める。私は強引に人ごみを掻き分けて、無事にセブルスの元へ辿り着いた。
私は強く握った手を離した。しかし彼は手を離そうとしない。
不思議に思ってセブルスを見る。
「手、」
「はぐれたくはないだろう」
私は思わず苦笑いを浮かべた。
一見冷たく見える彼の言葉の裏に込められた優しさに気づいたからだ。
一度は離した手を、私はもう一度しっかり握り締める。そのお陰で、学校まで何とかはぐれずに済んだ。
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20070404