彼 の 者 の 血 を 受 け 継 ぐ 少 女
異国の地に舞い降りた一人の魔女の物語
1 ノクターン横丁
私は例年通り、夕方五時に店のポートキーからロンドンへ飛んだ。ロンドンはやはり朝の八時頃だった。
余談だが、ポートキーを勝手に作ることは魔法省によって制限されているため、本来ならば侑子さんがこれを作ることはできないはず。
何も知らない一年生の頃こそ何とも思わなかったが、色々な本を読んで知識をつけた三年生の今、この店にポートキーがあることが不思議で仕方がなかった。
それを侑子さんに尋ねると、「バレなきゃ問題ないわ」と返って来た。
保護者の貴方がそんな考えで良いのかとも思ったが、口には出さなかった。
というか、侑子さんだからバレずに済んでいるのだ。私がやったら杖を折られるだろう。
毎年私はホグワーツ特急が出る九月一日の三日前に、ここロンドンにやって来る。この間に新しく必要な教科書などを購入したり、時差ボケを治している。
漏れ鍋の店主のトムさんに声を掛けると、彼は部屋へ案内してくれた。私は部屋に荷物を置いて杖とお金だけ持って、早速ダイアゴン横丁で買い物をすることにした。
一年生のときにダンブルドア先生に教えられた通りに壁のレンガを杖で叩くと、レンガはひとりでに動き出し、ぽっかりと大きな穴が開いた。穴の向こうには魔法使いがまばらにいるだけ。
魔法使いが殺される数が増えてヴォルデモートの脅威が徐々に表に表れるにつれて、人々は外出を避けるようになった。
私が初めて来た頃は多くの魔法使いで賑わっていたここダイアゴン横丁も、今ではあの頃ほどの賑わいはなかった。人もまばらな大通りを早足で歩いて私はフローリシュ・アンド・ブロッツ書店へと向かった。
必要な教科書を買い揃え、必要な物品も購入したので、私は宿泊先である漏れ鍋へ帰ろうと一人でかさ張る荷物を持って歩いていた。
一年生が終わり日本に帰った日、掃除をするとき未成年が魔法を使うことは禁じられていると思っていたが、どうやらちょっとした魔法、例えばルーモスだとか浮遊魔法だとか、そういう魔法は禁じられていないようだ。
なので私はかさ張る荷物に重量を軽くする魔法をかけた。お陰で見た目ほど重くはなく、運ぶのに苦労はしなかった。
歩いていると、横から私の手首を強く掴む者がいた。
私は反射的に私の手を掴む者を見た。
黒いフードで顔は判らないが、私よりも背が低い。手は皺だらけで細く、恐らくこの人は老人だろうと考えた。
このいかにも怪しい老人が、どうして私の手を掴む必要があるのか思い当たらなかったため、私は警戒を強めた。
「何か」
「お嬢さん、随分たくさん荷物を持っているねえ、私が手伝ってあげましょう」
そう言いながら老人は私の荷物を奪おうとするので、私は必死に抵抗した。
「大丈夫です、必要ありませんから」
抵抗の甲斐あってか老人は私の荷物を持つことを諦めたようだったが、今度は再び私の手を掴み、路地裏のような薄暗い場所へぐいぐいと引っ張って行く。
「離して、離してくださいっ」
「こっちのほうが近道だから、連れて行ってあげましょう」
「嫌です、離して」
信じられないぐらい強い力で手を引かれ、私はどんどんこの薄暗い場所へと引き込まれていく。関わりを持ちたくないという目をして、通行人は私を見て見ぬ振りして去って行く。
やばい、本当に何されるか判らない。
杖、つえを…。
「何をしている」
杖を取り出そうともがく私と私を引っ張ってゆく老人に、声を掛ける者がいた。声の主は老人の前に立ちはだかった。
「彼女から手を離すんだ、早く」
老人は無言で私の手を離すと、声の主を押しのけ奥へと去って行った。
助かった。
声の主を見た。
プラチナブロンドの髪の、私よりも年上だがまだ若い青年だった。
私はお辞儀した。
「ありがとうございます、本当に…」
「危ないところだったな。ここはノクターン横丁、君のような子供には危険な場所だ」
「そのようですね、気を付けます」
彼は私を明るいダイアゴン横丁まで案内してくれた。
明るい陽の下で見る彼のブロンドがより輝いて見えた。
明るいところで彼の顔を見て、私は気づく。
この顔に見覚えがあった。
「あの、私たち何処かでお会いしました?」
「私はルシウス・マルフォイ。この間ホグワーツを卒業したスリザリン生だ、・?」
「私の名前を」
「ああ知っているとも、君は何かと有名だったからね」
この人を、私は知っている。
直接話をしたことはないが、あのダイアナ・クリスティと一緒にいるところを見たことがある。
「マルフォイ先輩、すみません、お話したことがなかったものですから、お名前も覚えていなくて。大変失礼致しました」
「謝ることはない。…寧ろ、謝らなければいけないのは私のほうだ」
彼に何かされた覚えはない。
彼に謝られる心当たりは、私にはなかった。
「ダイアナ・クリスティを覚えているかな」
「ええ、貴方と一緒にいるのを見かけたことがあります」
「彼女が一年生の君に対してしたこと、あれは私が原因でもあるんだ」
「貴方が?一体どういう…」
彼が言うにはこうだ。
元々クリスティは彼の婚約者だったそうだが、婚約者の彼が私を褒めるようなことを言ったことが、彼女には耐えられないぐらいの屈辱と感じてあんな行動を起こしたらしい。
らしいのだが、この辺が私にはよく判らない。
彼女曰く、マグルとの混血の私を、純血の彼が褒めることはあってはならないことだったそうだ。
なので自分の不用意な発言が彼女にあんな行動を取らせた原因であると考えた彼は、ずっと私に謝りたいと思っていたと話した。
「私の何気ない行動でまたあの事件のようなことが起こってしまうかもしれないと考えて、学校では君に近づかないことにしていたんだ。もっと早く君に謝りたかったのだが、こんなに遅くになってしまって…。本当にすまない」
「いえ。この話を聞いても、別に先輩のせいだとは思いませんから、謝らないでください」
あれは私にも非があった、と言っても過言ではない。
私が彼女らを煽ってしまった結果、ああなったとも言えるのだから。
一年生の頃の出来事なのでかなりの月日が経ってしまっているため、今更彼を恨む気持ちは湧いて来ない。
「それに、さっき助けて頂いたし、それで十分です。さきほどは本当にありがとうございます」
「…それでは、ダイアゴン横丁の出口まで君を送ろう。ダイアゴン横丁といえども、さっきのようなことが起こらないとも限らない」
そう言うと彼は私の手の荷物を持とうとした。
「?」
私の名を呼ぶ声に私は視線をそちらに向ける。
そこには約一ヶ月振りに見る顔があった。
「セブルス!久し振り」
「…久し振り」
ぶっきらぼうにそう言うと、セブルスはマルフォイ氏に向き合い、会釈した。
「お久し振りです、ルシウスさん」
「やあセブルス、君も教科書を買いにやって来たのかい?」
「はい」
私は彼らのやり取りを目を丸くして見ていた。
あのセブルスが敬語を使って誰かと話しているのだから驚きたくもなる。しかも何だか嬉しそうだ。
有り得ない。
教師に対して敬いも何もあったもんじゃない態度で接するセブルスなのに、ここにいる彼は別人なのかというぐらい人が変わっている。
「そう言えば、確か君とミス・とは仲が良かったね、よく一緒にいるのを見たことがある」
「はい、今日も一緒に教科書を買っていたんですが、いつの間にかはぐれてしまって。一緒の宿に泊まっていたので、先に帰ったのかと思い宿へ戻ったら彼女はまだ帰って来ていなかったので、荷物を置いて戻って来たんです」
私が、セブルスと買い物に?
どうして彼は嘘を吐いている。
セブルスの顔を見ると、彼も私を見ていたようで目が合った。
私を見つめる彼の様子に、私はこの嘘に同意しなければならないのだと気付いた。
「そうなんです。はぐれてしまい、彼を探しているところにあんなことが起きてしまって…。先輩がいてくれて良かったです。セブルスも見つかったことですし、彼と帰ることにします。お手を煩わせてしまってすみません」
「煩わしいと思ってはいないが、まあ、友人といるほうが君も気が楽だろう」
背の高いマルフォイ氏を見上げる。
言い切ることはできないけれど、何となく敵意を感じる。
顔は確かに笑っているが、腹の中では何を思っているのだろう。
この胸騒ぎはなんだ。
頭の中で、根拠のない警鐘が鳴る。
この男は危険だと。
「それでは失礼します」
セブルスが頭を下げて言ったので、私も失礼しますと軽く頭を下げた。
それから彼は私の荷物を半分持ってくれた。
「先輩は純血主義者なの?」
私は予想を口にした。
「ああ。だから君は近づかないほうが良い。君はマグル生まれとも仲が良い。それをあの人が良く思うはずがないだろうから」
ヒヤリと背筋が凍った気がした。
もしかしたら彼もヴォルデモート支持者かもしれない。
用心しなければ。
「…そう言えば、君は純血だったっけ?聞いたことなかったよね」
そんなマルフォイ氏と親しげ?に話していたセブルスは、彼と同じく純血なのかとセブルスに尋ねる。私は彼に私が混血であることを話したことがあるが、彼のことは聞いたことがなかった。
「僕は混血だ、それはルシウスさんもご存じだ」
「じゃあ君も危ないんじゃないの?」
「僕は純血主義だから心配ない。君のようにグリフィンドールやマグル生まれと馴れ合うようなことなどしていないからな」
そう言うと、彼は私の荷物を持ってスタスタと歩き始めた。
彼の物言いに何か言ってやりたいと思ったのだけど、彼の歩く速度について行くだけで精一杯だった。
「はどの宿に泊まっているんだ?」
「漏れ鍋。君は?」
「…漏れ鍋」
盛大に顔を顰めて彼は答えた。
「何でそんな顔するかな。もうちょっとにこっと笑ってみてよ。綺麗な顔してるのにもったいない」
彼の前に立ちはだかり顔を覗き込むと、セブルスは戸惑ったようで私の荷物を地面に落してしまった。
「いっ、いきなり顔を近づけるな!」
「その表情良い!セブルスが慌ててる顔なんて見たことなかったから、新鮮」
素直な気持ちを述べると彼は気分を害したのか、落とした私の荷物をそのままに歩き始めた。
「私の荷物は」
「自分で持てば良いだろう」
フンと鼻を鳴らして彼は振り向くこともせず歩き続ける。
彼と私の間の距離がどんどんひらいて行く。
私は慌てて彼が放置した私の荷物を集めて、駆け足で彼に向って行った。
「本当に置いて行くなんて酷いっ」
「僕をからかう君が悪いんだ」
「からかってないって、本心だよあれは」
「もっと悪い」
セブルスが純血主義であろうが、マルフォイ氏と仲良くしてようが私には関係のないことだ。
例年通り、一緒に移動して一緒に御飯を食べるだけだ。
私の言葉に眉を顰めて返事するセブルスは、良くも悪くもいつも通りなのだから。
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長らくお待たせいたしました、三年生編です。重くて長くてごめんなさい。
「セブルスを可愛く書こう」という目標を密かに立てておりますが、できるかな。
20070404