彼 の 者 の 血 を 受 け 継 ぐ 少 女
異国の地に舞い降りた一人の魔女の物語





29 一位は誰だ!?

試験の結果の返却日が迫って来るにつれて、誰もがそわそわとし始めていた。
もう終わってしまったことだから、今更何をしたって結果は変わらないというのに、必死に神に祈るような格好をする人を見かけたことがある。

よほど自信がないのだろうか。後になってそんなに焦るのなら、初めからちゃんと勉強しておけば良いのに。
試験勉強中に「判らない判らない」と呟きながら教科書を捲っていたピーターを見ながらそんなことを思ったことも、今はもう過ぎてしまってただの思い出だ。


グリフィンドール寮では、誰が学年で一番を取るのかが話題になっていた。
クィディッチの優勝杯をレイブンクローに奪われた日からグリフィンドールは少し意気消沈していた(唯一の救いは、スリザリンが最下位で、グリフィンドールが三位だということだ)。
しかしテストが終わったこともあるのだろう、今はみんな元の明るさを取り戻していた。
もう後は夏休みの予定か、学年首席が誰なのかということぐらいしか話題がない。そのため、テストが終わってから結果を知るまでの数日間は、専ら生徒たちは首席のことを話題にするのである。

一年生も同様だった。今年のグリフィンドールの一年生には、一位を取りそうな有望な生徒が多かった。例えば、ジェームズにシリウス、そしてエヴァンスだ。

「多分、僕かエヴァンスだろうね」

胸を張って言い切ったのはジェームズだ。シリウスは眉間に皺を寄せた。自分の名前が入っていなかったためだと僕は推測した。

「何でだよ、まだ判んねえだろ」

彼がこう言うのも無理はない。いつもは遊んでばかりで復習も予習も一切しないシリウスが、今回のテストではかなり勉強していた。周りには全然勉強していないなどと言いながら、影で猛勉強する、そんなタイプのようだ。かなり必死だったから、それだけ手応えもあったようだし、自信もある。だから、ジェームズの言葉にカチンときたらしい。

「冗談だよ、君が頑張っていたことは、僕らが一番よく判ってるからね。でもまあ、一位はグリフィンドール生だろうな」

満足そうに笑顔を浮かべてジェームズは言ったが、ピーターが「でも・・・」と口篭った。

「何だピーター、グリフィンドール生じゃないっていうのか?」
「いや、違うよジェームズ、確かにジェームズもシリウスも頭良いけど・・・、あの子も・・・」
「あの子?」

僕が聞き返すと、ピーターは僕を見つめながら小さく頷いた。

「そう、君と仲が良いあの女の子、あの子もたくさん点数稼いでたから、もしかしたらと・・・」
「グリフィンドールがスリザリンに負ける?」

ジェームズが怒ったように返した。

「有り得ないね」

しかし僕は、が一番を取ることが、有り得ないとも言い切れないと感じていた。
彼女は貪欲に知識を吸収していた。努力家で、多くの本を読んだり、予習復習もしっかりしていた。試験勉強は一緒にできなかったけれど、今まで宿題などを一緒にやっていた僕には判る。彼女は、シリウスと同じかそれ以上、勉強していただろうことを。

「有り得ない」

その表情には疑いの色は全くなかった。右手に握り拳を作り、「よし」と呟くと、ジェームズはその場を離れて、「試験では僕かエヴァンスが絶対に一位取るから!」とか何とか言い回っている。勝手に自分の名前を呼ばれたエヴァンスはあからさまに嫌そうな表情を浮かべていた。

多くの人間が期待や不安を抱きながら待ち焦がれる結果は、明後日に返却される。あと少し。














成績表には、自分が取った各教科の点数と共に各教科毎の自分の順位、それに全科目の合計点数の得点とその順位が書かれていた。嬉々とした表情で成績を貰いに行ったジェームズは成績表に目をやると同時に表情をなくした。

「どうだった?」

点数が悪かったのだろうか。あからさまな表情の変化は見ていて気の毒であったが、正直言うとほんの少しだけおかしかった。
シリウスは、自分の成績表を見て「一位じゃなかった」と呟いていた。ピーターは留年を免れたようで安心した表情だった。

「リーマス、」

ジェームズはそう言うと、成績表を僕に差し出した。僕はそれを受け取り、目を通した。

「あ、」
「なになに、どうしたんだよ」

シリウスが、ジェームズのこんな顔、見たことないぞとニヤニヤしながら、僕の手の中の成績表に目をやった。と同時に納得したような顔をした。

「ジェームズ、お前一番じゃなかったから、落ち込んでるんだろ」
「別に」

色を失くしたジェームズの頬に、少しだけ赤みが差す。怒ったように彼は僕の手から成績表を引っ手繰った。

「ジェームズは総合八番かあ。ま、勉強ナシで何とかなる程甘くなかったってワケだ」
「うるさいな!そっちはどうだったんだよっ」

シリウスはジェームズの問いに、人を喰ったような笑みを口元に浮かべて答えた。

「五番」

ジェームズはがくっと肩を落とした。

「全然勉強してなかったくせに、一位取ろうなんて甘いんだよ」

ジェームズをからかう材料が出来て嬉しいらしく、シリウスはしつこくジェームズに茶々を入れる。そろそろジェームズの堪忍袋の緒が切れそうだったが、誰も止めようとしなかったので、しかたなく僕が間に入って何とか収まった。
十三位の僕にしてみれば、ジェームズだって充分すごいと思うんだけど、彼はそう思ってはいないらしい。ジェームズの泣き言を聞いたシリウスは、ここ最近で一番良い笑顔を浮かべた。勝ち誇ったような笑み。テスト前の彼は、まるで死人のように覇気がなかった。そんな状態になるほどこのテストに向けて勉強していたのだ。

「でも、ジェームズでもシリウスでもないなら、一番エヴァンスってことかな」

留年を免れたピーターはその嬉しさのせいか、ニコニコしながら言った。しかしその表情が気に入らないらしかったシリウスは、グーで小さくピーターの頭を小突いた。

「エヴァンス!」

ジェームズはさきほどの落ち込みが嘘のように表情を輝かせながら、エヴァンスの元へ駆けて行った。
エヴァンスは彼女の友人と談笑していたのに、それを遮られた所為か、それともジェームズ自体が嫌いなのか、少し不満顔だ。一緒にいた彼女の友人は、突然のジェームズの登場に頬を赤く染めた。彼女のそんな様子が、彼女がジェームズに恋心を抱いていることをはっきりと表しているのに、エヴァンスの成績が気になるジェームズは一向にそのことに気付かない。そして、傍にいるエヴァンスも、また。

「エヴァンス!君の成績表が見たいんだけど、良いかい?」
「どうして貴方なんかに見せないといけないのよ!」

友人とのお喋りを遮られた怒りからか、エヴァンスはいつもに増して声を荒げた。隣でオロオロする友人を見たジェームズは、彼女に声を掛けた。

「やあミス・フローレンス」
「こんにちは、ミスター・ポッター」
「ところで君は、エヴァンスの順位を知ってるかい?」

唐突なジェームズの質問に、エヴァンスの友人、ミス・フローレンスも流石に表情が固まった。言ってしまおうか止めようか、という葛藤が見て取れた。

「ね、知ってるなら教えてよ」
「え、・・・ええ、」

ジェームズがもう一押しすると、ミス・フローレンスはものの呆気なく陥落した。リリーのほうを気にしてはいるが、彼女の口はジェームズの質問の答えを紡ぎ始める。

「リリー、一位じゃなかったのよ、信じられない。それでも二位だから、すごいことに変わりはないんだけど・・・」
「メアリ!!」

エヴァンスは眉をつり上げてジェームズを見た。

「貴方がどうして私の成績なんて知りたがるの。自慢でもしたいの?どうせ貴方が一位だったんでしょう」
「いいや、違うぜ」

シリウスが割って入った。エヴァンスが呆気に取られたように、目を丸くした。

「違うの?」
「・・・僕は八位だった、だから、君のほうが順位はずっと上さ」
「・・・・・・ごめんなさい、私」

エヴァンスが罰の悪そうな表情で謝った。けれど、日頃の行いを考えると、ジェームズがエヴァンスの言った通り、自慢しにやって来たと推測しても不思議じゃない、というか無理もない。

「いきなりそんなこと聞きに行くジェームズも無神経だったから、エヴァンスが謝ることじゃないよ」
「そんなことより、」

ジェームズが割り込んだ。

「僕もエヴァンスも一位じゃない。グリフィンドールの一位候補はみんな消えてしまった。じゃあ、一体誰が一位なんだろう」

僕には判る。

恐らく彼女だ。

ピーターの言った通り、彼女に違いないという確信を僕は持っていた。

 



20070217