夏に近付く頃。青葉は青々と茂り鮮やかで、空の青が眩しい。
六月と言えば日本では梅雨でじめじめしているというイメージがあるけれど、イギリスでは爽やかな風が肌を撫でる。そんな季節だ。

しかしあんまりそれに浸ってもいられない。
学期末試験の結果で進級できるか否かがかかっているのだから。









彼 の 者 の 血 を 受 け 継 ぐ 少 女
異国の地に舞い降りた一人の魔女の物語





28 学期末試験

クリスマス、クィディッチなど、ホグワーツでの大方のイベントが終わってまったりとした雰囲気が漂う。その後はイースター休暇とたくさんの宿題に忙しい。それが一段落つくと、暫しの休息。しかしのんびりした時間も束の間、今度は校内は刻々と近付いてくる学期末試験のために一気に勉強ムードに包まれる。この試験で落第すると、下手すれば進学できず留年となる可能性もあるため、この時期は生徒たちが図書室や談話室などで教科書や羊皮紙を広げてガリガリと羽ペンを動かしている姿が見られる。


私は必要の部屋で勉強した。あの部屋なら実技の魔法も試すことができるし、静かなところで勉強できる。授業が終わると寄り道せず必要の部屋へ戻り勉強した。
勉強で必死の余り、リーマスとは顔すら合わせることがなかった。三日に一度は会っていたのを考えると、全く会わないこの状況が私に少しの違和感を与えていたが、しばらくするとそれにも慣れてしまった。





そんなこんなで、とうとう試験がやって来た。筆記試験だけでなく、実技試験もある。筆記は勿論、大方の生徒が苦しむであろう実技の練習も、私は必要の部屋でしっかり復習していたため、上手くやれるという自信はあった。けれど、やはりどことなく不安が付き纏う。失敗して大恥をかく自分の姿を想像してしまい、血の気が引いた。

呪文学の実技試験は浮遊魔法だ。
五つの大きさの違う物が置かれていた。一番軽いのは羽根で、一番重いのは中に砂利が詰められている大箱だった。生徒はその中の一つを選び、魔法をかけて物を浮かせるのだそうだ。

私は迷わず一番重い箱を選んだ。

何度も練習した。
大きなものから小さなものまで多くを浮かせてきた私に、浮かせられぬものなどない!
大丈夫。
大丈夫。

心の中で自分にそう言い聞かせ、自分を落ち着かせる。
何度も練習した簡単な呪文と言えども、失敗することだってない訳ではない。これは試験だ。試験独特の雰囲気に心が飲まれてしまいかねない。
心を落ち着かせる。
呪文を唱える魔法は精神面の強さがかなり重要である。生半可な思いで魔法を使うと失敗してしまう。魔法を使うときのコツとは「それをしたい!」という強い気持ちだということを、試験勉強の過程で感じた。
強く思う。
この重く大きな箱が高々と浮かぶ様子を。
私はできる。

私は杖を構えた。

「ウィンガーディアム・レヴィオーサー!」

授業で教えてもらった通りの、ビューンヒョイの動きを再現する。すると箱は一人でに浮かび上がる。私は杖を上に持ち上げて行く。杖の先を天井へ向ける。箱は、その重くて大きな箱は、杖の動きの通り、高く高く浮き上がった。

「ミス・!君は素晴らしい!!私が今まで見たどの生徒よりも素晴らしい!」

フリットウィック先生の甲高く興奮したように叫ぶ声が遠くで聞こえた。
しかし、私はまだ、集中を切らしてはいない。
私はそのまま杖先を床のほうへと下ろして行った。
そっとそっと、焦らず、ゆっくりと。
箱は、トンと小さく音を立てて元の場所へと戻った。私はやっと胸を撫で下ろした。

「箱を自分で元の位置に戻すなんて、貴方が初めてです!」

先生は小さな身体で声を張り上げて驚きの声を上げた。私は力なく愛想笑いを浮かべた。
まだまだ試験は残っているというのに、私はもう力を使い果たしてしまったような脱力感に襲われた。




変身術の実技は帽子をワイングラスに変えるという試験だった。
私は上手く出来たか判らなかった。何故なら、私は一応一般的に見てワイングラスと呼ばれるようなものに変身させたつもりだったけれど、マクゴナガル先生は良いとも悪いとも言わず、ただ「宜しい」と言うだけだったからだ。


魔法薬学は手順を少し間違えてしまって、先生にそれを見られたかもしれなかったが、私は咄嗟に別の薬草を入れて事なきをえた。手順は間違ったが、出来上がりは完璧だったと思う。ただ、間違えたための減点は仕方がないだろう。

セブルスにそれを言うと「君はいつもそこで薬草を間違えていた。何度も注意してやったのに」と文句を言われた。君の辞書に学習という文字はないのか、とも。
ごもっともな指摘だったので、私は反論しなかった。何度も注意されたのは事実だったし、確かに学習していなかったなあと自分でも思うからだ。


魔法史の筆記試験もなかなかのものだと自負している。
あの参考書(第一話参照)を読むだけで、かなりのことが理解できたし、それプラス授業や復習をしていたので、このテストはかなりの出来だと思う。高得点の自信がある教科の一つだ。





何とか試験を切り抜けることができた。
最後の試験である薬草学の筆記試験が終わると、みんなはさっさと教室を飛び出し、思い思いにしたいことをし始めた。中庭で踊り出す人もいた。それくらい、ストレスが溜まっていたということだろう。

終わった。
試験の結果は一週間後。
自分では、できることはやったつもりだし、力を出し切ったつもりだ。


勉強中はセブルスとぐらいしか話をしなかったから、今は久し振りにリーマスやリリーと話がしたい。けれど、多分彼らは今グリフィンドールの生徒とお喋りしたりしているだろうから、私が彼らと話を交わすことができるのはもう少し後だろう。



寮が違うと、こんなに寂しいものだったなんて。
当初は大した違いじゃないと強がっていたけれど、こういうバカ騒ぎしたいときに騒げる相手が遠い存在であると、今改めて思い知らされる。

寝よう。
疲れ切った脳を休めてあげよう。


みんなが外で開放感溢れる表情で走り回っている中、私は一人校舎へと去った。




 

20070217