「だから忠告しただろう、スリザリンの真ん中であんなことを言うなと」

朝の食堂。突き刺さる周りの視線。セブルスは呆れた様子で盛大な溜息を吐いた。私は「全くその通りで・・・」と言う他なかった。
まあ、それ以外の理由もあるのだが。私に敵対心を持つ彼女らを挑発したこととか。










彼 の 者 の 血 を 受 け 継 ぐ 少 女
異国の地に舞い降りた一人の魔女の物語





27 壊したくない関係

「今回は・・・、ちょっと目立ち過ぎたね」

図書室にて、私は小さく呟いた。これは私も反省せねば。もうちょっと慎重になるべきだった。学校内だからと高をくくっていた。学校内だろうが何だろうが魔法は使えるし人を殴れる。ともかく、濡れ衣は晴れたが、この出来事は学校中に知れ渡ることとなった。まあしかし、あれは私も悪かったなあと思う。私があんなに挑発めいたことをしなかったら、例えば手紙を一応は読む振りでもしていたら、彼女はあそこまで強硬な態度を取らなかったのでは、と思ってしまう。歴史にifなんてないとは言うけれど、やっぱり「もしも」と思ってしまう。
私の言葉が聞こえたのか、リーマスは苦笑した。彼も、この騒ぎを誰かから聞いた一人のようだ。

「かなり噂になってるよ」
「らしいね。他の寮の人に色々聞かれるから、図書室に逃げて来たんだけど」

図書室なら、騒がしい人はマダムピンスに追い出されるから、ここは私のためのオアシスみたいなものだ。とは言っても私自身がうるさければ容赦なく追い出されるのは他の人と変わりがないので、私たちは声を潜めて話している。

「参ったなあ。私は益々立場が悪くなってしまったかもしれない」
「これに懲りて、あんまり人を煽るのは止めなよ」

私から事件が起こるまでの経緯を大まかに聞いていたリーマスは、私にしっかり釘を刺した。私は小さな声で「反省してます」と頷いた。

途中、ブラックがやって来たのだけど、彼は私がリーマスと話をしているのを見ても何も言わなかった。私は少し驚いた。彼は視力が劇的に悪くなってしまったのだろうか。しかしそうでもないらしい。彼の目はしっかりと私を捉えていたが、何も言わなかった。溝が少し埋まったのかもしれない。別に彼と仲良くなりたいという気持ちはなかったが、あの冷たく鋭い視線を向けられるよりは断然マシだった。

、シリウスと何かあったの?」
「うん、まあ・・・、彼に昨日のことで助けてもらって・・・」
「シリウスに?」

リーマスは少し大げさ過ぎるぐらい驚いた。

「彼から何も聞いてない?」
「いいや、シリウスが関わっていたなんて初耳だよ」

噂には、色々眉唾ものもあって、ミス・クリスティと私が一人の男子生徒を巡って争っていただとか(私はまだ十一歳だ、そんな修羅場、目にしたこともないっつーの)、私の不満や鬱憤が遂に爆発しただとか、そういうものもあった。しかしブラックがこの騒ぎに少し関わりがあるという噂は全く耳に入って来ない。きっと、私とミス・クリスティが何か争ったというのは何となく知っているが、詳しい内容を知らないからそういう憶測が飛び交っているのだろう。

私はこの騒ぎや噂をもう完全無視している。放って置けばいずれ収まる。そう信じている。人の噂も七十五日と言うじゃないか。二ヶ月ちょっと経てば、きっと噂も収束するはずだ。




リーマスを一瞥する。以前、私と話していたときに、何か不機嫌というか、そういう表情をしたことがずっと気にかかっていた。今日はあれ以来初めてリーマスと話をしたのだけど、今日はそういう雰囲気はないから、少し安堵した。

「この前・・・、」

私がそう言いかけると、リーマスの表情が一瞬固まった。

「あ・・・、あの時は、ごめん、その、気を悪くしてたら・・・」
「ううん、それは良いんだけど。あの時私が何か嫌なことを言ったのかと思って」
「いや、は悪くないよ、僕が勝手に不機嫌になっただけだから」

少しの沈黙が流れる。リーマスは、明らかに動揺していた。

私は考えた。これ以上追及するか否かを。
しなければ、きっとリーマスは安堵の息を吐き、また笑顔に戻って普通に会話をし始めるだろう。それで終わり。何も問題はない。

けれど、それで良いのか。何か私に言いたいことがあるのなら、私は聞くべきではないだろうか。


暫くして、言葉を発したのは私だった。

「一体、何がリーマスを不機嫌にしたのか、教えてもらっても良い?」

再び訪れる沈黙。私の視線は、リーマスを捉えていたのだけど、段々と下へ下へと下がって行った。直視できない。私がしてしまった質問で、動揺するリーマスを見るのは、気が引けた。罪悪感が胸の奥からせり上がってくる。後悔という二文字が頭に浮かんでは消える。

「僕は、」

図書室には似つかわしくない、大きな声だった。その声に揺さ振られたかのように、私は肩を揺らして、それから視線を再び上げた。

「僕は、あの時、わがままだった」

さっきの声とは打って変わって、消え入るほどの小さな声。私はそれを聞き逃すまいと必死に耳を傾けようとする。しかし、それから声は聞こえない。彼はそれに関して、最早何も言うつもりはないらしい。

「私が何かしたって訳じゃあ、ないんだよね」

念を押して尋ねると、彼は首を縦に振った。私は微笑む。

「なら、良いや。さっさと宿題やってしまおう」

先ほどとは打って変わって笑顔を浮かべるリーマスを見て、これから先、私はもうこのことについて彼に何かを尋ねたりすることはないだろうと確信した。

 



20070129