彼 の 者 の 血 を 受 け 継 ぐ 少 女
異国の地に舞い降りた一人の魔女の物語
25 絶望の淵に立たされて
私は医務室にて、マダム・ポンフリーの手当てを受けることもできないまま、マクゴナガル先生やスラグホーン先生に尋問を受けていた。
「貴方は杖を使ってダイアナ・クリスティに呪文をかけ、彼女を吹き飛ばした。他の友人二人は、それ以上呪文を使わせないために杖を取り上げようと揉み合っていた。そこにフィルチが現れた・・・ということですが、どうなのですか、ミス・」
マクゴナガル先生の厳しい目が私を捉えた。
私は、やましいことは何もしてはいない。
必要の部屋へ行こうと遅い時間に寮の外をうろついていたことは・・・まぁ、怪しいかもしれないけれど、それ以外はごく普通、極めて普通。
怒られることなんて何もしていない。
「杖を奪うために揉み合っているときにフィルチさんがやって来たというところは正しいですが、他は全く間違ってます。私は呪文をかけられてあの部屋へ連れてこられたのです。それで殴られたり蹴られたりして、もう身体中痣だらけで」
私はローブの袖を捲り上げた。
酷い痣だ。
青くなった痣が至るところに点々としている。
これは暫く治らないな。どれだけ容赦がないんだ彼女は。
掌は薄っすらと皮が剥けている。
ああ、あのとき彼女、先生によるとダイアナ・クリスティというようだが、彼女に踏まれたときにめくれてしまったのだろう。
この手で水に触れたらさぞ痛いに違いない。
手を洗うことにすら気を遣わねばならないなんて、迷惑な話だ。
「けれど、彼女たちは、貴方の杖を取り上げるときに揉み合っている内についた痣だと言っていますが?」
「違いますよ!よくもいけしゃあしゃあとそんな嘘を」
「嘘かどうかは、君と彼らの証言だけでは判断し難い」
スラッグホーン先生の言葉に、私は頭の中がすうっと冷たくなった気がした。
先生の言葉は尤もだ。
どちらも当事者である以上、片方のみの証言を信じる訳にはいかない。
しかし。
もしも、もしも仮に、このまま私の言葉が受け入れられなくて、向こうの証言が受け入れられてしまったら、私はどうなってしまうのだろうか。
日本に送り返されるのだろうか。
正直あんまり楽しい学校生活ではなかったけれど、友人が二人と話し相手が一人できた。
これからが楽しいはずなのに、たったの三ヶ月ほどで私は帰されてしまうのか。
それともスリザリンから点数が引かれて、私はますます冷えた視線に晒されてしまうのだろうか。
どう考えても、悪いほうへ悪いほうへと思考は引っ張られて行く。私は今、きっと顔面蒼白に違いない。
生きている心地がしない。
誰でも良いから、この私の不利な状況を打開できる救世主はいないのか。
いないだろう。
彼女らは人に見られないようにあんな時間に、人気のない場所を選んで私を追い回した。
もしかしたらピーブス辺りが目撃しているかもしれないが、彼が私をかばう筈がない。そんな義理なんてない。
八方塞だ。
ミス・クリスティは幾つかあるベッドの内の一つで座って手当てを受けているようだ。マダムポンフリーの影がカーテン越しに見える。
彼女の怪我なんて、大したことなどない。
壁に激突したせいで少し意識を失っていたが、直ぐに目覚めた。後は自分の足で歩いていたじゃないか。
私はどうだ。得体の知れない呪文をかけられて意識を失い、埃っぽくて薄暗い部屋に乱暴に連れて行かれて、暴行を加えられた。
ズキズキと身体のあちこちが痛んでしかたがない。かなり強く殴られ、蹴られてしまった。
ああ痛い。
まだあの呪文の効果が少しだけだが残っているようで、頭が割れるように痛い。
痛みに思わず顔を顰めると、ジロリとマクゴナガル先生に睨まれてしまった。
「暫くこの件については保留にします。ダンブルドア先生がいらっしゃらないのです」
あまりの不安に涙が零れそうになるのをぐっと堪えた。
泣くな、泣くなよ私。
泣くなら一人になってからだ。
人の前で泣くなよ、情けない、みっともない。
拳を握り締めた。今までにないくらい強い力で。
私は下を向いて痛みに堪えた。
痛い。
痛いけど、泣くよりはマシだ。
涙よ、この痛みで引っ込め、引っ込んでくれと心の中で呪文のように何度も唱えた。
「ミネルバや、わしはここに居るぞ」
私は下を向いたまま目を見開いた。
握り締めた拳を解いた。
マクゴナガル先生はダンブルドア先生はいらっしゃらないと確かに言った。
しかし、ここにいるのは紛れもなく・・・。
「先生、」
「ああ判っておる、判っておる。だからそんな顔をするでない」
私の中の、不安に押し潰されて泣きそうな気持ちを、校長先生は察知したようだった。
気を緩めれば涙が出てしまいそうで、私は必死で我慢した。
「アルバス、どうしてここに?」
スラッグホーン先生は不思議そうに尋ねた。
「フランスへ出張じゃなかったのか」
「予想より早く用事が終わっての。日付が変わる前に帰ってこられたんじゃ」
ほっほっほと愉快そうに笑った。
突然の登場に、この場にいる誰もが驚きを隠せない。
カーテンから顔を覗かせるミス・クリスティと目があった。私は直ぐに目をそらした。
「ダンブルドア先生、実はさきほど・・・」
マクゴナガル先生がこの状況を説明しようとするのを制した。何もかも判っている、そんな目をしていた。
「実はな、帰って来たときにその話を聞いたのじゃよ」
誰から?
誰が私の話を校長先生にしたのだろう。思い当たらない。
先生は、私にとって救世主だろうか、はたまた悪魔か。
けれど、さっき先生が私に向けた視線はとても暖かいものだった。
私が一番欲していたもの。
先生はそれを私に与えてくれたのだ。
「彼に話を聞くとしよう」
入っておいで、と先生はドアの向こうにいるらしい人物へ中へ入るよう促した。
ドアが開く音が、やけに大きく聞こえた。
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20061125