彼 の 者 の 血 を 受 け 継 ぐ 少 女
異国の地に舞い降りた一人の魔女の物語





24 不覚

少し前からこういう手紙は貰っていた。

「夜11時に三階の空き教室にて待つ。一人で来い」

簡素な紙切れに書かれたそんな文面の手紙を。
しかし私はそれを三つの理由で徹底無視していた。


まず、差出人の名前がないことが一つ目の理由。
自分の名も名乗らぬような失礼な輩の言うことなんて聞く必要なぞない。


二つ目は、この威圧的で命令口調。
向こうから来てくれといっているのに、何でそんな命令形なのだ。
あまりにも失礼ではないか。

「夜遅い時間ではございますが、夜の11時にどうかこの私のために三階の空き教室へ来て下さいませんか。できればお一人でお願い致します」
ぐらいの丁寧さがないと、とてもじゃないが行く気にはなれない。


三つ目に、明らかに何かしでかしてやろうという意図が見え見えなのに、わざわざ罠に嵌るためにのこのこ行くかっての。
こんな怪しい手紙は無視するに限る。


こういう手紙は大抵スリザリンの一年生の女の子によって私にもたらされる。
私はその手紙に目を通すなり、その持って来た子の前でわざと手紙を燃やしてしまっている。
こんな手紙を寄越すな、ということと、手紙に従うつもりは毛頭ない、という気持ちを込めたつもりだった。

きっとここまですれば向こうも諦めるだろう、とも思っていた。


しかし私は甘かったようだ。
ここはヘビがシンボルのスリザリン。
この手紙の差出人も、ヘビに負けず劣らず粘着質でしつこい性格のようだ。




もう辺りは暗く、灯された蝋燭の炎のみが方向や障害物を教える。
そろそろ部屋へ戻らなければ怒られてしまうような時刻。
私はここのところずっと必要の部屋で睡眠をとっているから、今日もその部屋へと向かうところだった。

自分を尾行する気配には気付いていた。
だから彼らを撒こうと思って色々なところへ飛び込んだりして、わざと遠回りをして駆けていた。

しかし私は失念していた。
相手は魔法が使えるということを。



「ステューピファイ! 麻痺せよ!」

ヤバイと瞬時に察知し、後ろを振り向くと緑色の閃光が自分に向かって来るところだった。
避けられない。
その光は私に激突し、私の身体は地面に叩き付けられた。
こんな呪文はまだ勉強していない。
恐らくこれを発した人物は、自分よりも学年が上なのだろうが、そんなことはどうでも良い。

辛うじて指先が動くという程度。
身体が鉛のように重く、上手く動いてくれない。
意識を失いそうで、必死で目を見開いた。

私を追いかけていた人たちが姿を現した。
一人は杖を持っている。
人数は三人。全員女だ。

「早く!この女を運ぶのよ!」

甲高い声で命令する。どうやらこいつが親玉のようだ。
その高い声が私の脳に響き、頭痛を起こす。
抱き起こされて、宙に浮いたかと思うと、乱暴に持ち上げられ、移動させられた。
目に見えるのは夜の闇と、所々に現れる赤く揺らめく炎のみ。

あぁ、私は何をされるのだろう。
殴られるぐらいならまだ良い。

どうかおかしな呪文などかけるなよと心の中で懇願した。



少しだけ、意識を失っていたようだ。
頬に痛みを覚えて目が覚めた。どうやら頬を殴られたようだ。ジンジンと熱を持っている。

「気がついた?」

声は、あの甲高いキンキン声の女のものだった。
今はあの声を抑えているようで、耳障りな感じはしないが、何せ口調がヘビのような粘着質さを持っているから、そういう意味では耳障りだ。

その女の顔を、今初めてはっきりと見る。
性根の悪そうな顔をしている、と言っては失礼だろうか。
人を見た目で判断するなという声が聞こえそうだ。
しかし目は釣りあがり、口は無気味に歪み、悪人面とはこういうものを言うのだろうというような顔をしている。

「貴方、よくも私たちの手紙をことごとく無視してくれたわね。生意気なのよ、一年生のクセに」

怒りを抑えられない様子で、彼女は私の手を踏みつけた。
痛かったが、声は出なかった。
仕方がないから私は彼女を睨みつける。
彼女の口の端が上がる。

「何よその目、私たちに楯突こうっての?腕だってまともに動かせない貴方に何ができるの?」

愉快そうに笑みを浮かべる。他の二人もクスクスと私を嘲笑した。
怒りを感じたが私には睨むことしかできない。
彼女の言う通り、腕も動かせないし身体を起こすことも大変なのだ。

視界に広がる光景をやっと認識することができてきた。
薄暗くてよくは判らないが、どうやらここはどこかの空き教室のようだ。
手紙に書いてあった空き教室とはここのことだったのか。
埃が積もっている。長い間使われていなかったらしい。
息を吸うと鼻の穴からその埃が入って行きそうな気がして、息をすることに嫌悪感を抱いた。
しかしそうも言っていられない状況だ。


「全く、上級生をナメたようなことばかりしてくれるわね。先輩後輩の縦社会をまだよく判っていないようね」

彼女の足が私の顔を蹴り上げた。うっとうめくと彼女らから再び笑顔が零れる。
殴る蹴るの暴行とはこういうことか。
テレビのニュースで観る限りではあんまり想像つかないその言葉を、身を持って体験することになるとは思いもしなかった。 しかも魔法学校で。
魔法学校なのだから喧嘩も魔法でするのかと思っていたが、そういう訳ではないようだ。
まあ、魔法を使ってのリンチというのもあんまりサマになっていなくて間抜けな感じがする。
いまいちリンチしているという雰囲気が出ない。

魔法のリンチの様子を想像したら、何だか陳腐なお遊戯を演じているような場面を思い浮かべて、思わず笑みが零れた。
腹に衝撃を受けて思い出した。
私はそう言えば、リンチを受けているのだということに。

「何がおかしいのよ、ムカつく、生意気よ・・・・。彼も、何でこんな子が良いだなんてっ」

そう言って、彼女はまた私の手を踏む。私は再びうめいた。
しかしその痛みで私の身体が少し動かせるようになった。腕が少し動く。
うつ伏せの身体も、・・・頑張れば何とか起こせる。
愉快そうに笑う彼女らにバレないように手を動かし、懐にしまってある杖を握り締める。
いける。

私は懐にある杖を勢い良く取り出し、片手で身体を起こしながら杖を親玉の彼女に向けた。

「エヴァーテ スタティム!」

杖の先から閃光が発せられ、それが彼女の身体に当たった。
彼女の身体は宙に投げ飛ばされ、壁に勢い良く叩き付けられた。
他の二人が口々に何するの!と言っていたが、私が杖を向けると大人しくなった。
しかし一人が私に向かってきた。
何とか杖を取り上げようと私の手を思い切り引っ掻いたりして痛かった。


揉み合っている内に、足音が聞こえて来て、誰かが部屋に入ってきた。
フィルチだった。

「何をしている!」

ミセスノリスが彼の足元で身体を摺り寄せていた。
二人はぱっと私から離れた。

フィルチの視線は、杖を持った私に注がれていた。


 


「エヴァーテ・スタティム」は映画「ハリー・ポッターと秘密の部屋」でのみ登場した、
決闘クラブでマルフォイがハリーにかけた呪文です。
どんな効果があるのかは判りませんが、
映画でハリーはこれをかけられて吹っ飛んだので恐らく攻撃魔法だと思います。



20061017