彼 の 者 の 血 を 受 け 継 ぐ 少 女
異国の地に舞い降りた一人の魔女の物語





21 Side B いずれまた、近いうちに



「ところで、はあんな暗くて寒いところで何をしていたの?」

あんな暗いところには、薄気味悪い甲冑や、何処かに遊びに行ったまま帰って来ないために風景画になってしまっている人物画の絵が飾られているだけの場所だ。入学したての一年生が何か用があるとはとても思えない。

は「内緒にしてよ」と悪戯っ子のような顔をして言った。

「今の寮が居心地悪いから、部屋や談話室であんまり勉強もしてられない。だから、それに代わる部屋で勉強することにしたんだ。いつもは就寝時間ギリギリに寮に戻るんだけど、・・・今日はつい眠ってしまって、戻れなかったんだ」

私はあの暗い廊下を思い出した。
あんな場所に、彼女の言うような、勉強したり眠ったりできる部屋などあっただろうか。が嘘を言っているとは思えないが、私の記憶を辿ってみても、部屋はおろか、ドアノブだって見たことがない。

「あ、いつもは見えないんだよ」
「いつもは見えない?」

私は首を傾げた。

「そう。本当に必要な時に、強く念じると現れる部屋なんだ」
「そんな部屋が、ホグワーツにあるの?」
「うん、あんまり知られていないけど」

聞いたことのない言葉に私は再び首を傾げる。
何もかも、初めて聞く言葉。
それ以上に、入学して今までの短い間に、そんな部屋まで見つけてしまった彼女に、素直に感心した。

「私も最初は知らなかったのだけど、偶然その部屋を見つけてね。かなり重宝してるよ」



そんな話をしている内に梟小屋に着いた。
私は自分の梟の名を呼んだ。彼女は嬉しそうに嘴をカチカチと鳴らしながら飛んできた。
それから梟の足に手紙をくくり付けて空へ飛ばした。

両親の元を離れてもう二ヶ月。
流れるように、転がるようにあっという間に過ぎ去って行った二ヶ月だった。


それにしてもこのという日本人の首にはスリザリンカラーのネクタイが締められているというのに、彼女は全くスリザリンらしくない。純血主義的な思想は一切持っていないし、私にも話し掛けてくれる。

他のスリザリンの生徒は、グリフィンドールの生徒と話を交わそうとはしない。
況してや、私となんて。



は、私と話すのが嫌じゃないの?」

いきなり口をついて出てきた疑問に、は不思議そうに視線を私に向けた。この地には不似合いな黒い瞳が、私を捉える。

「どうして?何で嫌なの」

あまりにスリザリンらしくない態度に、私はただただ嬉しくて仕方がなかった。

「ううん、何でもない、今のは忘れて」

私の言葉に釈然としないようだったけれど、私があまりにも嬉しそうに笑っているせいか、彼女もつられて笑顔になった。



そろそろ朝食の時間らしく、人が疎らに歩いていた。私たちも朝食のため、食堂へ行くことにした。
食堂へ行ったら、スリザリンとグリフィンドールはテーブルが違うから、離れなければならない。
それは私にとってとても残念なことに思われた。
でも仕方がない。

私はスリザリンのテーブルに行きたくはない。
また純血主義で凝り固まった彼らに罵られるに決まっている。
それにの立場も悪くなるだろう。
彼女はスリザリンの中でも孤立しているようだから、グリフィンドールの私をスリザリンのテーブルに連れて行くなんてことをすれば、は何をされるか判らない。

をグリフィンドールのテーブルに連れて来ることもできない。
に不愉快な思いをさせるだけだ。
は他のスリザリンとは違うタイプだけれど、それは全く知れ渡っていないから、スリザリンというだけでグリフィンドール生は害虫でも見るような目でを見るだろう。

それだけは避けなければならない。
彼女に不快な思いをさせたくない。
食事をご一緒したいのはやまやまだけど、彼女がスリザリンで、私がグリフィンドールである以上、それは叶わぬ願いなのだ。


「じゃあ、ここで・・・」
「うん」

ばいばいと手を振って、それぞれの寮へ向かおうとしたが、に呼び止められて振り向いた。

「どうしたの?」

私が聞いても彼女は何も言わない。視線を泳がせて何を言うか考えているようだった。
少しして、ようやく口を開いた。

「ありがとう。楽しかった。・・・グリフィンドールにも、スリザリンの私を嫌がらない人がいると思ってなかったから」

ニコっと笑顔を浮かべて、それから、「それじゃ、本当にばいばい!」と言って走って行った。

顔が赤い。
嬉しさや照れのせいだ。
とても嬉しかった。
何故なら、「ばいばい」の後に、小さく「またね」と聞こえたからだ。

また会える。

その日は朝から機嫌が良く、友人に何かあったのかと尋ねられたほどだった。

 


「必要の部屋」がある廊下の描写は私の勝手な想像です。

20060901