彼 の 者 の 血 を 受 け 継 ぐ 少 女
異国の地に舞い降りた一人の魔女の物語
16 わたしはみなしご
「君も莫迦者だな」
パンを頬張っていると、彼、スリザリンで私にできた初めての友人のような存在、は唐突に吐き捨てた。
「・・・・・・何故私は朝食を気分良く食しているときに、そんな一気に不愉快になるかもしれないことを言われなければいけないのかな」
頬張ったパンが思ったよりも大きくて、呑み込むのに時間が掛かった。
パンに齧り付くのは良くなかったか。
やはりここは英国風(と私が思っているだけだが)に手で小さく千切って食べようか、と考えた。
「純血主義とはスリザリンの代名詞と言っても過言でない。ならばそれに楯突くということはスリザリン生の君にとって、学校生活の全てを棒に振るということと同義語であることぐらい、幾ら君でも判るだろう。だから内ではどう思っていようとも、君は純血主義として振舞うべきだったのに」
「あぁ、そのこと」
手元のスープを飲み干し、手を合わせて御馳走様と言った後、さてこれから何と言うべきかと思案した。
実のところ、どうして私が純血主義を否定してしまったのかさっぱり判らないのだ。彼の言う通り、少し考えれば純血主義を否定することが、イコール村八分だということは容易に想像がつくだろうに。やはり私の母がマグルだというところにその不思議の糸口があるのだろうか。私は日本人なのだから、お得意の「ホンネとタテマエ」を使えばこんなことにはならなかったのでは。あんなに簡単に本音を出してしまうなんて、自分でもどうしてそんな行動を取ったのか判らない。
「自分でもよくは判らないけれど、やっぱり、純血主義を認めてしまったら母を冒涜することに繋がるから、かな。あぁ、母がマグルだったんだけどね。日本では、死者に鞭打つ行為を嫌う傾向があるから」
「死者に?では君の母親はもうこの世にはいないのか」
「うん、私を産んだときに亡くなったって」
まるで「好きな食べ物は?」と聞くような軽い調子で尋ねるので、私も素っ気なく答える。
こんなことを誰かに話すのは、この学校では初めてのことだ。家族構成など聞かれていないから、リーマスにだって話したことはない。
「では君はずっと父親に育てられたのか」
「いいや、父も亡くなった。私が生まれて物心つく前に」
そうか、とだけスネイプは言った。別段、申し訳ないと思っているような素振りは見せない。私も悪いことを聞かれた、とは思っていない。
そりゃあ、親が居ない貴方がどんな大人になるか、簡単に想像がつく、みたいな嫌味を言われたら私も怒るが。
というか、実際言われたことがある。その記憶は今でも鮮明に私の心に刻み付けられている。
小学校に上がる前。同じきりんぐみの男の子と喧嘩をしたとき。
原因は些細なこと。彼が私のことを「親がいなくて悪い子」だと吹聴するので私が止めるよう言ったのが喧嘩に発展し、途中で私は頭に血が上って、思わず彼を突き飛ばして、彼に尻餅をつかせてしまったのだ。
あれは私も悪かった。私はすぐに反省し、素直に謝った。彼も自分が悪いことをしたことを認め、私のことを許してくれた。
しかし、彼の母親は違った。ヒステリックに私や先生に捲くし立て、さっきの言葉を言ったのだ。
「親が居ない貴方がどんな大人になるか、簡単に想像がつく」
と。
あの時は子供心にショックだった。なまじっか頭が良かったのが災いした。その言葉の意味を判ってしまった。
孤児にマトモな大人はいない、と。彼女はそういう意味のことを言ったのだ。
私は確かにそのときショックを受けたが、同時に冷めた目で彼女を見てしまった。
この母親は、これからこの男の子に教育して、立派な大人にしてゆかなければならない。なのに、こんなつまらなくて根拠のない差別意識を抱いているなんて、それこそ彼が可哀想だ、と。
言葉は違っても、そんな感じのことを思ったのだ。私はきっと、こんな大人にはならない、とも。
私はそう強く誓ったのだ。
嫌な思い出の引き出しを開けてしまった。
顔を少し歪めると、怪訝そうに私を見るスネイプと目が合った。
「ごめん、ちょっと嫌なことを思い出してしまって・・・」
私は無理矢理笑顔を作った。彼はそんな私を見て、「悪かった」と言った。
謝ってもらえるとは思ってなかったから、私は驚いて彼を見た。彼は私と目を合わせなかった。
私は苦笑して自分のお皿に乗っている朝食に視線を移した。
スネイプも食べ終わると、私たちは一旦寮へ戻り、教科書を持って授業教室へと向かおうとした。
「」
私をそう呼ぶのは一人しかいない。振り向くと、申し訳なさそうに笑うリーマスと、不貞腐れた表情のブラックが立っていた。
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幼稚園児の主人公が、こんな難しいこと考えたりしません。
幼稚園児の頃は感覚でそういうことを感じていて、
大きくなったときに、あのときの気持ちを言葉で表すとこんな感じってことです。
ややこしい・・・。
20060807
20070319 一部改訂