彼 の 者 の 血 を 受 け 継 ぐ 少 女
異国の地に舞い降りた一人の魔女の物語
14 ピーブズ攻略
私は人の群れを避けて、人気のない廊下に出た。
しまった、こんなところ、来たことない。
赤く腫らした目を擦り、鼻を啜り辺りをきょろきょろと見回した。薄暗く肌寒い空間だ。昼はもう少し明るいのだろうが、それでも高が知れている。
泣いていた、という証拠の赤い目と鼻を見られたくなくて、俯いたまま歩いていたから、ここにどのような道を通って来たのかさっぱり判らない。
さて、どうしよう。
「おおおおおおぉぉぉぉぉ!!!みんな夕飯食べてるのに、キミは一人でなにしてるのかなぁああー!?」
ウルサイ奴がやって来た。ゴーストのピーブズだ。
私は化け物でも見るかのような視線を彼に送った。・・・ああそうか、彼はお化けだから、あながち私の反応は間違っちゃいない。
彼は面白い玩具を見つけたような顔をして、私をとても不愉快にさせるような表情を浮かべた。何もこんなときに遭遇しなくても良いのに。もしやさっきの遣り取りを見ていたのだろうか。
「一人ぼっちで泣いてるよ!友達のいない、可哀想な!!」
私はピーブズを睨みつけた。大声でそんなことを喚き散らすものだから、私は杖を取り出してピーブズに向けた。耳障りな声が騒々しい。
杖を構えてみたものの、魔法がゴーストに効くのかは判らなかった。それに彼は宙を浮いているから、私の直線的で幼く未熟な魔法攻撃なんて、容易に交わしてしまうに違いない。
事実、彼は杖を向けても怯えた顔ひとつしない。
寧ろ図星を突いたことが嬉しくて、私に不愉快に感じさせるような顔を益々不愉快にした。
「黙れ、うるさい!」
「ホントのこと言っただけだよー」
ニタニタ笑うピーブズが気に入らない。
逃げ出しても良いが、彼にこれ以上無様な姿を晒したくはない。
泣き顔を見られただけでも、私にとっては消滅させたいくらい大きな汚点なのだ。
畜生。
人の気配ばかり探っていたから、ゴーストの気配なんて気にも留めていなかった。
「ねえ」
私はこの屈辱的な状況を打開したくてローブのポケットを探った。指先に何か紙の感触がして、私はニヤと笑みを浮かべる。
「君、成仏なんてどう?」
私は紙を右手の人差し指と中指に挟み、ピーブズに向けて掲げた。何やら書かれている、白地の紙である。
ピーブズはケタケタと大笑いした。まるっきり、私の力を信じてはいないようだ。
「オマエにそんな力があるわけないだろ!!オマエまだ一年生じゃないか!」
「フフ、確かに魔法使いとしては半人前だけれど・・・陰陽師としては、どうかな」
ピーブズの笑いが消えた。
「私は生まれたときから陰陽師になるための修行をしてきた。そういう家系だったからね。だから君を成仏させることなんて訳ないのだよ。過去に君よりも性質の悪い悪霊を祓ったこともある」
ピーブズは地団駄を踏んだ、・・・・・・空中で。
頭を抱え、くしゃくしゃと髪を掻いた。
「ごー!よーん!さーん!」
唐突に私は数を数え始める。さっさと逃げないと成仏させるぞ、という意図を込めて。
「にーい!いーち!」
と言っている内に、ピーブズは音を立てて消え失せてしまった。
成仏なんて堪らない、と何処かへ逃げて行ったようだ。
「・・・・・・ハッタリも中々」
勿論私の家系が憑き物落としだったり陰陽道に明るかったりする筈がない。侑子さんは確かにそういう「アヤカシ」関連の仕事もしていたが、私がその力の使い方を教わったり、修行させられたりしたことは一切ない。
指に挟んだ紙切れを見た。
それは半分に折り畳まれた、この間配られた時間割表だった。
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しまった。これではピーブズ夢じゃないか。
20060802