彼 の 者 の 血 を 受 け 継 ぐ 少 女
異国の地に舞い降りた一人の魔女の物語
12 怒
夕食の時間になって、私たちは勉強を切り上げ、図書室を退出した。
食堂に向けて二人で歩いていると、前方から今一番会いたくない人がやって来た。
「リーマス、夕食だ・・・・・・って」
見る見る内に表情が歪んでいくブラックを見て、私の気分は一気にどん底へ引き落とされた。
ただリーマスと一緒に歩いているだけで、どうしてこの人はこんな表情ができるのだろう。一体私が何をしたのか、是非とも教えて頂きたいものだ。
「シリウス、」
リーマスは咎めるような視線をブラックに向けたが、ブラックは気に留める様子など一切見せない。
「ミスター・ブラック、どうしてそんな目で私を見るの」
私の全てを否定しているかのような視線を向けられて、私は堪らず聞いてしまった。彼は私と話さえも交わしたくないというような態度を取った。
「何でって、スリザリンだからだろ。俺はスリザリンの奴なんか絶対信用しねぇ」
「シリウス!」
リーマスは彼を制止するけれども、何を言っても無駄だということが判っているような表情だった。
私たちの周りを人が避けて通って行く。食堂へと急ぐ足音が増えてきた。
しかし私たちは動かない。
すれ違いながら私たちの様子を覗く人もいた。邪魔だという表情を隠しもせずに通り過ぎて行く人もいた。
しかし私たちは動かない。
対立する私とブラックの間に、リーマスが立っている。
「どうしてスリザリンだと信用しないの」
「そんなの俺の勝手だろ」
此方が一歩ずつ歩み寄ろうとしても、彼は三歩ずつ後退している。
手を差し伸べてもその手を払い退ける。
話し掛けても短く切り上げる。
彼がスリザリンを嫌っているのは重々承知だが、私だって一人の人間だ。
彼の勝手でリーマスと引き離される訳にはいかないのだ。
「そうだね、勝手だ。自分勝手で独り善がり」
ブラックの表情が引き攣った。私を睨む鋭い目に拍車が掛かるが、私はそれを無視した。
「君は純血主義をどう思う?」
ブラックは予想を超えることを聞かれたためか、素直に「くだらない」と答えた。
くだらない。
それは私も同意見だ。
「そう、くだらないね。じゃあ聞くけど、その人の人格を一切無視して、マグルというだけで差別する純血主義者と、その人の人格を一切無視して、スリザリンというだけで差別する君と、一体何が違うの?」
彼の目をじっと見つめて。決して目線を外さない。堪らず向こうは視線を逸らす。
答えられないようで、何か言いかけてはまた言葉を呑み込む、というのを何度か繰り返す。
私は何にもしちゃいない。
君が私を知ろうともせず、一方的に私を嫌って、憎んでいるだけだ。
こういう気持ちを、マグル出身の魔法使いたちも抱いたのだろう。多分今の私の状況とマグル出身者のそれと、非常によく似ている。自分について知ろうともしない輩に勝手にレッテルを張られ、全否定されるつらさは身を切るように痛いのだということを、彼はそろそろ知るべきだ。
「・・・んだよ、エラソーなこと言いやがって」
「何、偉そう?どこが?」
「お前の親だって、どーせ死喰い人で、あの人と仲間集めてんだろ!!魔法使い仲間に引き込んで、拒否したら殺してんだろ!」
電撃が、私の身体を駆け抜けたような。
例えるなら、そんな感覚がした。
許せなかった。
何も知らないくせに。
実の子供の私でさえ知らない親のことを、怒りに任せてそんな暴言を吐くなんて。いくら憶測でも、許せない。
私は私は歯を食いしばった。死者を冒涜するかのようなブラックの言葉に、歯を食いしばり拳を堅く握り締めていた。
しかし我慢できなかった。
抑えていた気持ちが行動となって現れてしまった。
「って・・・」
食堂へと向かう人がこちらを一斉に振り向いたことに気付いた。私はブラックの頬を思い切り平手で叩いたのだ。
腹が立った。
怒りが頭の中をぐるぐると巡って、抑えつけても抑えつけても消えてはくれない。
殴ることは避けたかった。自分の手も痛いし、自分から殴るのはあまり賢明でないと考えたからだ。けれど、私は我慢できなかった。気付くと手が、身体が勝手に動いていた。目にはたくさんの涙が溜まっていた。
「何も知らないのに、なんにも知らないのに勝手なこと言うな!君が私の何を知ってる?君が私の親の何を知ってる?ふざけるな!!」
ブラックは唖然としていた。私は涙が零れないように何とか頑張っていたつもりだけど、私が予想していたよりも多い量の涙が出てきていたらしく、涙は容易に頬を流れた。リーマスは私の頬に流れる涙に気付いた。涙は頬を伝ってポタポタと落下し、床に幾つもの斑点を作った。怒りが涙という形に変化して昇華したのかもしれない。
怒りも段々収まってきた。
気付くと、私は結構な人数の注目を集めていた。私は居た堪れなくなって、その場から走って逃げ出した。
夕食は、我慢しよう。
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急展開。
20060727