「!!」
私をそう呼ぶ声を久し振りに聞いた。声のほうを振り向くと、グリフィンドールのリーマスがこちらに笑みを向けて手を振っていた。本当に久し振りだった。暫く会っていなかったから会えて嬉しくて、「リーマス!」と割と大きな声で返事してしまった。マダム・ピンスの怒りを露にしたような咳払いが聞こえ、私は顔を見合わせ、声を出さず笑った。
彼 の 者 の 血 を 受 け 継 ぐ 少 女
異国の地に舞い降りた一人の魔女の物語
8 久し振りに笑えた日
図書室では多分大声を出してしまうだろうと考え、私たちはさっさとそこから出ることにした。中庭へ行こう、とリーマスが提案した。もう太陽が西に沈みかけている時間帯だった。日本でいう、「逢魔が時」という頃よりも少し前の時間。空が赤らみ始めている頃だった。中庭には人が疎らにしかいなかった。私たちは空いているベンチに腰掛けた。
「本当に久し振りだよね、・・・二週間、振りぐらい?」
「そのくらい。忙しかった訳じゃないけど、中々会わなかったよね」
半分は嘘だった。友人とのお喋りに夢中のリーマスを、私は何度か見掛けた。その時に声を掛ければ良かった。けれど、彼と一緒にいる友人はグリフィンドール生だ。スリザリンの私がやって来たら、良い顔はしないだろうし、間に険悪な雰囲気が漂うに違いない。二つの寮の間にある深い確執は、私が思っていた以上に深い。寮が異なることがこんなに煩わしいことだとは思わなかった。
「は友達できた?」
鼓動が大きく跳ねた。他意はないんだろう。純粋だからこそ、無下にすることはできない、難しい質問だ。
「リーマスのほうこそ、君が友人と笑い合っているのを見たことがあるよ」
私は強引に話を逸らしたが、彼がそれに気付いた様子は見られなかった。私は心の中で安堵の息を吐いた。
「見てたんだ!眼鏡を掛けているのがジェームズ・ポッター、黒髪のハンサムなのがシリウス・ブラック、小さいのがピーター・ペティグリューって言うんだ。意気投合して、ずっと四人でつるんでる」
嬉しそうに笑って、それから一瞬だけ表情が翳ったのを私は見逃さなかった。けれど、それは直ぐに消えてしまったから、私も見なかったことにした。言いたくなったら、向こうから言うだろう。
「ブラック・・・ていう名前なら知ってる。女の子が話しているのが聞こえたから」
「シリウスはかっこ良いからね、本人はうっとおしがってるみたいだけど」
「それはそれは、贅沢なこと。世の中には女の子に話題にされることもない数多の男が存在するというのにね」
針ほどのことを棒ほどに言うと、リーマスは吹き出した。「確かに贅沢だよね!」と楽しそうに言った。
「で、はどうなの?」
それが「友人」のことを言っているのは判っていた。彼は私に質問したことを忘れてはいなかった。私の下手な誤魔化しは、彼に通用しなかった。
「うーん・・・、まあまあ、かな?」
「どんな友達?」
「ごめん、嘘」
曖昧に答えたものの、多分誤魔化し切れないだろうと瞬時に判断して、即座に謝り白状した。
「実はまだ、誰とも仲良くなってない」
少しリーマスは驚いていた。
「意外だな、は他人と仲良くなるのが上手いと思っていたから」
「まあ・・・、スリザリンでなかったら、私もそれなりに友達がいたかもね」
私はあの自慢しいのローラ・サージェントを思い出していた。皆が皆、あんな人じゃないだろうが、スリザリンには驚くほど強い純血主義が根付いている。私の先祖はそういう人だったのだろうか。そしてその人の血が私の身体にも流れているのだ。
「スリザリンじゃなかったら・・・、って?」
不思議そうに尋ねるリーマスに苦笑を返した。
「スリザリンには純血主義者が多過ぎる。私の考えには合わない。そういう風なことを一人の子に言ったら、次の日からスリザリンの一年生が私を見る目が、嫌悪に変わってた。それが二年生、三年生・・・と飛び火していって、最終的に私は一人になってしまった」
「そんな、酷い」
「それが実はあんまり酷くもないよ」
私は愉快そうな笑みを浮かべた。リーマスは目を丸くしてキョトンとしている。私がさほど堪えていないのを見て不思議に思っているようだ。
「彼らの口から出るのは自慢話ばかり。それを聞かなくても良いなんて、清清するよ」
自分でそう言ってから、ホグワーツ最初の夕食でのあの自慢話がよっぽど堪えていることに気付いた。
「それに、周りの人間に気を遣わなくても良いし」
これでもか、というくらい心のこもった私の熱弁を聞いて、リーマスは安心したように笑った。
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20060713