彼 の 者 の 血 を 受 け 継 ぐ 少 女
異国の地に舞い降りた一人の魔女の物語





4 憎むべき人間と私の寮

大広間へ入り、マクゴナガル先生は上座へと引率した。丁度、先生方に背を、上級生達に顔を向けるような形である。 周りの生徒は、組分けの儀式というものがどういうものか判らず、不安そうに辺りをキョロキョロと見回したりしていた。

マクゴナガル先生は埃を被った、古惚けた帽子を椅子の上に置いた。

私はその頃から、殆ど心をその場に置いていなかった。
私はあの夏の日のことを思い出していた。




「アナタは魔法使いなの」

真剣に聞こう。
そう腹を決めた途端にこんな言葉を掛けられて私は困惑した。けれど、侑子さんは依然として鋭い眼差しを崩さない。

日頃は人を揶揄するように軽口を言っているので、たまに見せるこういう表情に、私は滅法弱い。こちらが何か悪いことをしたのだろうか、という気にさせられる。

「まほう・・・、使いですか」
「そう、魔法使い」
「・・・あまり、実感が湧きません」

私が魔法と聞いて思い浮かぶことと言えば、箒で空を飛んだり、先っぽに星型がついている細い棒を持って呪文を唱えるというものぐらいである。私は空など飛べないし、呪文も知らない。実感がないのも最もなことだ。

「それがのぅ、あるんじゃよ」

御老人が口を開いた。ゆっくりと、言い聞かせるような口調だった。
それは悠然と流れる大河を彷彿とさせた。

「でも、私、そんなの使ったことないです・・・」

やっと発した言葉は、弱弱しく、儚げなものだった。

「それはね、私がそういう術をかけたからよ」

侑子さんが淡々と説明し始めた。

「アナタの魔力はね、あまりにも強すぎるの。強すぎて、そしてとても不安定で、見つかりやすい。だから封じたの」
「誰から見つからないようにしていたんですか」

私の問いに二人は目配せした。そして、御老人が答えた。

「ヴォルデモートという男じゃ」




「ヴォルデモート?」

聞き慣れぬ、そして言い慣れぬ異国の名前に、私は目を丸くする。そんな名前を持つような人物のいる国と、私とは何の接点も見出せないように思えたからだ。

「あやつは闇の魔法を使い、世界を支配しようと企んでおる。奴は次々に仲間を増やしていっておる。断ることは即ち死を表す。そういう訳じゃから、死を恐れて奴の側につく者も残念ながら少なくないのじゃ」

ご老人は、悲しそうに目を伏せた。

「ヴォルデモートはアナタの父親にも目をつけたの。アナタの父親も優れた魔法使いとして名を馳せていたし、の家は日本人の家系でありながら、一部にはそれなりに名が通っていたから」
家はある者の末裔じゃ。ある者とは」

御老人は一息置いた。

「サラザール=スリザリン」
「サラザール・・・?」
「そう、ホグワーツの創始者は四人居るんじゃが、その内のひとりがそのスリザリンじゃ。の家はスリザリンの強力な魔力を受け継いだ。その魔力に、ヴォルデモートは目をつけた」




御老人が話し終わると、私たちの間に沈黙が流れた。

まるで御伽噺だ。
現実感が全くなくて、私は深呼吸した。



「アナタの父親は、いずれヴォルデモートが自分にも目をつけることを悟った。そして同時に、出産でこの世を去った母親の代わりにアナタを育てる誰かを探し、私を見つけ、預けることを決意した」
「私の母は私を産んだときに亡くなって、父はそいつに殺されたってことですか・・・」
「えぇ、そうよ」

顔も知らない父親を思った。
私を命と引き換えに産んでくれた母親を思った。

私を守ってくれてありがとう。私を産んでくれてありがとうと、心の中で呟いた。



「結果を見れば彼はアナタを捨てたことになるけれど、どうか彼を恨まないで」

私の頭の中は混乱を極めた。けれど、ひとつだけ、決して忘れないことはある。
ヴォルデモートという奴が、私の父を殺して、今ものうのうと生きているということだ。

私は決してヴォルデモートを許さない。
そして、私は父が私を手放したことを決して恨みはしない。




!」

自分の名前を呼ばれてはっとする。
マクゴナガル先生の声で、あの夏の記憶から呼び戻された。暫く何も聞いていなかった。網膜や鼓膜は光や音を捉えていたはずなのに、脳がその刺激を受け取らなかった、という感覚だ。

私は汚い帽子の置かれた椅子に向かってゆっくりと歩き出した。全校生徒が自分のことを見ているのが判った。

多くの視線が無遠慮に私に突き刺さる。彼らは動物園のパンダや象を見るかのような目で、私を物珍しそうに見ているのだろう。日本など、ここの人にとっては、極東にある小さな未知の島に過ぎないのだから。

私は帽子を手に取り、少し躊躇ったが、意を決して被った。思ったよりも大きくて、、被った途端に視界が黒に染まった。

の子供か!なるほどなるほど・・・・そうか」
「父を知ってるの?」
「勿論だとも。君の父親はの血のために抜きん出て強い魔力を持っていた。しかし、君は彼以上に強い力を持っている。君の寮は既に決まっている、サラザール=スリザリンの血を受け継ぐ者よ」


スリザリン!!


その途端、スリザリン寮から盛大な歓声と拍手が沸き上がった。私は声のするほうのテーブルに向かった。

私より先に希望通りグリフィンドールに決まっていたリーマスと目が合った。残念そうな表情をしていたから、私は小さく微笑んだ。

寮が違うことが、大したことだとは考えていなかったから、リーマスとも普通に友人で居られると思っていた。それがどれだけ大変なことなのか、その時の私が知る筈もなかった。



 


20060706



かなり改訂しましたが筋に大した影響はありません。
20070319