彼 の 者 の 血 を 受 け 継 ぐ 少 女
異国の地に舞い降りた一人の魔女の物語
1 Nice to meet you!
ガタンゴトン・・・と、どちらかと言うと心地好い揺れを感じながら、私はこの間学校で使う道具などを買いに行ったダイアゴン横丁にある、フローリシュ・アンド・ブロッツ書店で教科書と共に購入した本を読んでいた。『誰でもわかる!カンタン魔法史マスター』という本だ。こちらの情勢をよく理解していないため、少しでも頭に入れて置きたくて、せめて列車に揺られている間だけでも、と思いこれを読んでいる次第である。
その国を理解したければ、その国の文化と歴史を知れ、と言うのは何時だったか、私の育ての親が言っていた言葉だ。彼女が海外に滞在していた経験があったのかは私は知らないが、彼女は私にそう諭した。この本を読んでいるのも、彼女のその言葉に従った結果である。
「ここ、空いてますか?」
幼さの残る声が静寂に包まれたコンパートメントの入口から聞こえて、私は顔を上げた。
そこには人の良さそうな表情をした男の子が立っていた。
「どうぞ」
愛想笑いを顔に貼り付けて、手短に、しかし失礼には当たらないように答えた。
「ありがとう」
顔を綻ばせて、彼は大量の蛙チョコレートを持ってコンパートメントに入ってきた。彼が持つ板チョコの余りの多さに、彼のことを思わず凝視してしまった。
そんな私の(主にチョコレートに注がれる)熱烈な視線に気付いた彼は、苦笑いを浮かべた。
「チョコレートが大好物なんだ、びっくりしたよね」
「うん、・・・でも、まぁ、好きなものは仕方ないと思うよ、私は」
そう言うと彼は、小さく笑いながら恥ずかしそうに少し視線を床へ下ろした。
「僕はリーマス、リーマス・ルーピン、よろしく」
「私は、・。こちらこそよろしく、ミスタールーピン」
お互い簡単な自己紹介をすると、軽く握手を交わす。
同じ十一歳の彼の手は、思ったよりもごつごつしていた。私の手と比べて、彼の手は随分白かった。私の肌も決して白くない訳ではないのだが、私のものとは明らかに種類の違う白さだった。
「ルーピン、なんて他人行儀だよ。リーマスで良いよ、」
「ごめん、あんまり名前で呼ぶことに慣れていないものだから、余所余所しくなってしまって。これからは気をつけるよ、・・・リーマス」
アメリカ人やイギリス人の、知り合って間もない相手でもファーストネームで呼び合う、という日本では余りメジャーでない習慣に慣れるのは、もう少しかかりそうだ。ごく自然に私のファーストネームを呼ぶ彼に、僅かな違和感を感じてしまう。
「は、見たところ東洋人のようだけど、中国人?」
類を見ない程のチョコレート好きのリーマスは、主に私の髪の毛や目をまじまじと見つめながら尋ねた。そんなにジロジロと見られることに慣れていない私は、緊張の所為か心臓の鼓動が一瞬跳ね上がるのを感じた。
「私は日本人だよ」
「日本?日本って、極東の島国で、サムライ、ゲイシャ、ハラキリ、の日本?」
リーマスの口から出てくる日本に対する外国人のイメージを聞いて、私は苦笑を零した。
「侍は今はいないよ、芸者は・・・ちょっと判らないけど、腹切りは今はしないよ」
笑みを浮かべながら私は、彼の口から出てきた三つの単語について、今は日本にないことを至極簡潔に説明した。日本はこちらではさほどメジャーな国ではないようで、彼の口から出てくる言葉は、的外れなものばかりだった。
それにしても、英語が全くできないのに、今の私は彼の言葉も、コンパートメントの外から微かに聞こえる誰かの話し声も、まるで日本語を聞いているように全て理解できた。校長先生が入学祝いと称して私に買ってくれたこのピアスが、上手く機能しているようだ。
この間、・・・一週間ぐらい前。ダイアゴン横丁にて、翻訳機能の備わった石を嵌め込んだピアスを購入した。ピアスの穴もその場で開けて貰った。マグルの世界ではピアスホールを開けると、暫くは穴が定着しないものだが、魔法界ではそんなまどろっこしいことはなく、開けられたときは既に定着していた。痛みもなく、いとも簡単に開けられた穴を見て、私は思わず驚いた。ピアスをつけて、更に私は驚嘆の声を上げた。周りの人間の会話や英語で書かれた看板などが、すらすらと頭の中に入ってくる。まるで日本語を読み、聞くかの如く。
最初は、理解のできない異国の言葉が私の頭の上を容赦なく飛び交うのには随分参った。頑張って理解しようと努めたものの、所詮小学校の高学年レベルの英語。どう足掻いても理解なんてできないし、聞き取ることさえ不可能だ。場違いな自分をもどかしくも感じたが、言葉を理解できる今は、そんな思いも起こらない。
しばらくリーマスと談笑していたが、急に激しい眠気が襲ってきた。
「ごめん、眠くなってきたから、学校に着くまで少し眠るよ」
「わかった、着く頃になったら起こすよ、おやすみ」
「おやすみ」
私は目を閉じて、窓側に顔を向けて、壁にもたれかかった。
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20060706